

米国のシンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)は、2025年6月3日発表の報告書において、ロシアによるウクライナ侵攻におけるロシア軍の死傷者数が100万人に達する可能性を示唆する分析結果を公表した。2022年2月に勃発した本戦争は3年を経過し、ロシア軍は甚大な損害を被りながらも、未だ戦略的目標を達成するに至っていない。
CSISの分析によれば、2022年2月のウクライナ侵攻開始以降、ロシア軍兵士の死傷者数は増加の一途を辿っており、今夏には100万人に達する公算が高いと指摘されている。多数の兵士を投入しているにも関わらず、前線の進捗速度は1日あたり僅か50~130mに留まり、これは過去の二度の世界大戦における多くの膠着状態の戦闘と比較しても著しく遅滞したペースである。この遅延は、第一次世界大戦における最も進軍速度が遅かった「ソンムの戦い」における連合軍の1日80mという進軍速度と比較しても顕著であり、歩兵による塹壕戦が主流であった当時と、車両を駆使する現代戦の様相を鑑みると、ロシア軍の進軍の遅滞は特異な事象であると分析される。
ロシアはウクライナの約20%を占領しているものの、2024年における領土獲得は僅少であり、CSISは、ロシア軍が2024年1月以降に占領した土地は約5,000平方kmと推定している。これは、ウクライナ全体の1%未満に過ぎず、日本においては福岡県(4,986平方km)の広さに相当する。ウクライナの面積は日本の1.6倍である。戦争初期の奇襲による領土掌握や、2022年春にウクライナ軍が反撃して奪還した面積と比較すると、その規模は微々たるものであると言わざるを得ない。報告書はまた、ロシア軍の甚大な損失の要因として、ウクライナが戦略的縦深を利用し、多層的な防衛線と要塞を構築して攻撃速度を鈍化させたこと、そして、卓越した戦術と西側諸国から供与された装備を用いてロシア軍を効果的に殲滅させ、進撃を遅滞させたことを主な理由として挙げている。同時に、ロシア軍は歩兵による前進に依存し、機動性、装甲車両や火力との連携を欠いていたため、効果的な攻勢を構築することが困難であり、ロシア軍は「肉挽き機」と称される無謀な人的波状突撃攻撃に依拠し、無益に損害を拡大させている。
侵攻開始から6月初旬時点まで、ロシア軍は約95万人が死傷し、そのうち最大25万人が死亡したとCSISは推定している。これは、第二次世界大戦後にソ連・ロシアが関与したアフガニスタン戦争やチェチェン戦争などの全ての戦争における死傷者数を合わせた数の約5倍に相当する。死亡率は、10年間で1.4万人死亡したアフガニスタン戦争、13年間で2.5万人死亡したチェチェン戦争と比較すると、桁違いに高いことが分かる。近年の戦争において稀に見るペースで100万人の死傷者が出たことについて、報告書は「プーチン大統領の兵士に対する露骨な軽視」を示すものと指摘している。動員・徴兵される兵士の多くは地方出身者や社会的弱者、受刑者などであり、モスクワやサンクトペテルブルクのエリート層は動員を免れている。政府による統制はあるものの、国内からの批判や厭戦気運が広がっているという報道は少ない。しかしながら、地方における人的損失は深刻であるとされている。働き盛りの100万人の若者が僅か3年間で失われた事実は、その深刻さを物語っている。ロシアの人口は1億4千万人であるが、そのうち7割がモスクワやサンクトペテルブルクを含む西部に集中している。
ロシア側の100万人という損失に対し、ウクライナ側の死傷者は40万人とされ、そのうち死亡数は6~10万人と推定されている。ロシアと比較すると約半分であるが、ウクライナの人口は3800万人とロシアの4分の1である。ただし、ロシアもウクライナも自軍の損失を発表していないため、これらはあくまで推定値である。CSISの推定は、米国および英国の情報機関のデータ、衛星画像、戦場評価、独立系ロシアメディアと死亡者名簿などを基に分析・算出されている。したがって、実際の損失とは異なる可能性がある。
CSISの分析は、ロシア軍の人的・物的損失が歴史的に前例のない規模に達していることを示しており、プーチン政権の戦争継続がロシア社会や軍に深刻な負担を強いていると結論付けている。報告書は、ウクライナ支援の重要性を強調しつつ、戦争が長期化する中でロシアの戦略的失敗が明確になっていると指摘している。一方、ロシアのプーチン大統領は先日演説を行い、最近頻発するロシア領内への攻撃を受け、ウクライナを「テロリスト」と非難し、交渉を拒否し、停戦の意思がないことを明確にした。ロシアによるウクライナ侵攻は、国際法上の侵略行為とみなされており、ウクライナの行為は自衛権の範囲内と評価され、テロ行為とは国際的にみなされていない。他方、ロシアが行う都市への無差別爆撃などは、国際法と人道法に違反する多くの行為が報告されている。