

ボーイング社が最近発表した、ポーランド向けAH-64Eアパッチ・ガーディアン攻撃ヘリコプター96機を製造する47億ドルの対外有償軍事援助(FMS)契約は、欧州の安全保障環境における特筆すべき動きである。この大量導入が実現すれば、ポーランドのAH-64E保有数は米陸軍に次ぐ世界第2位の規模となり、NATO域内において圧倒的な攻撃ヘリ戦力を備える国となる。ロシアによるウクライナ侵攻以降、携帯式対空ミサイル(MANPADS)や自爆ドローンの脅威増大により、一部で「攻撃ヘリ不要論」が浮上する中、ポーランドが真逆の方向へ大きく舵を切った背景には、同国を取り巻く厳しい地政学的環境と、新しい戦い方を深く反映した戦略的な装備調達思想が存在する。
最初のAH-64Eの納入は2028年に開始される予定であり、ポーランド軍は既にパイロットと整備士の訓練を先行して開始している。現在、ポーランド陸軍は米陸軍から8機のAH-64Eをリースし、早期の習熟に努めている。最終的に2032年5月末までに全96機の納入が完了する見込みであり、これによりポーランドは、米陸軍に次ぐ世界第2位のAH-64Eアパッチ運用国という地位を確立する。
地政学的な危機感と「大陸型の総力戦」への備え
ポーランドは、NATOとロシアの境界、すなわち「欧州の最前線国」という極めて戦略的な位置に存在する。ウクライナ侵攻の教訓から、「ウクライナが陥落すれば次の標的はポーランド」という強い危機感が国家戦略の根幹を成している。この危機意識に基づき、ポーランドは近年、防衛費を国内総生産(GDP)の約4%という異例の水準まで急増させ、欧州最大規模の地上軍整備を急ピッチで進めている。
この大規模な地上戦力整備計画には、韓国製K2戦車1,000輌以上、米国製M1エイブラムス戦車366輌、K9自走榴弾砲364両、HIMARS多連装ロケット500基超といった、文字通り「大陸型の総力戦」を想定した重装備が大量に含まれている。この巨大な陸戦体系において、アパッチを中心とする攻撃ヘリ部隊は、敵戦車部隊の突破を阻止するための即応火力として、極めて重要な位置づけを与えられている。
攻撃ヘリ不要論?AH-64Eの役割の再定義
ウクライナ戦争初期、ロシア軍のKa-52やMi-24といった攻撃ヘリが、MANPADSや小型ドローンの「餌食」となり、短期間で多数が撃墜された事実は、「攻撃ヘリの時代は終わった」という議論を世界的に高めた。特にKa-52の低高度でのロケット攻撃や突撃運用は、その脆弱性を露呈させ、ロシア側の象徴的な損失となった。
しかし、ポーランドが導入するAH-64Eは、旧来の攻撃ヘリとは戦い方が根本的に異なり、この「不要論」の前提を覆す存在である。AH-64Eは単なる突撃兵器ではなく、「次世代攻撃ヘリ」として、戦術思想と技術の両面で劇的な進化を遂げている。
- ネットワーク化された戦闘プラットフォーム: Link-16データリンク、兵士無線波形(SRW)、AN/APG-78ロングボウ・レーダー(FCR)などの最先端システムを搭載し、地上部隊、防空部隊、他の航空アセットとリアルタイムで戦術情報を共有可能である。これにより、戦場全体の「目の役割」を果たす。
- MUM-T(有人無人混成チーム)協働戦闘: 無人機(UAS/ドローン)とデータ連接し、UASを「目」や「囮」として先行させ、ヘリ本体は安全な後方に隠れたまま戦闘を遂行する。ヘリは自ら姿を見せない**「シュータ(射手)」**に専念できる。
- 生存性の劇的な向上:
- 地形マスキング射撃の前提: 上空への露出を最小化する「地形マスキング射撃」(山間や森林、建物の陰に隠れたまま攻撃する)が基本的な運用教義である。これにより、MANPADSや小型ドローンの脅威に晒される時間を極限まで減らす。
- 長距離アウトレンジ攻撃: 地平線の外側に隠れたまま、最大24km離れた敵戦車などをミサイル(ヘルファイアなど)で攻撃できる。
- CIRCM対誘導兵器: 機体エンジンよりも強力な目に見えない熱源・赤外線の「マント」や「ポイント」を形成し、赤外線追尾式の防空ミサイルのセンサーを欺瞞する能力を持つ。
要するに、現代のアパッチは「低空を突撃する旧世代ヘリ」ではなく、「隠れたまま長距離から戦車を狩る飛行型ミサイルプラットフォーム」へと進化している。ポーランド国防省の見立ては、不要論の対象はあくまで旧世代ヘリであり、アパッチのようなネットワーク化された「次世代攻撃ヘリ」は、むしろその重要性を増している、という点にある。
ミニ米軍化
ポーランドが96機という破格の規模でアパッチを導入する最大の戦略的な狙いは、米軍と同レベルの打撃体系を地上部隊に付与し、東欧全体の抑止力を引き上げる点にある。ポーランドの安全保障の基盤は、米国との緊密な連携、すなわち「米軍との一体化」に置かれている。近年、ポーランドの装備体系と戦術思想は「ミニ米軍化」が進んでおり、M1エイブラムス戦車、HIMARS、そして今回のAH-64Eアパッチの採用は、その最も象徴的な選択である。アパッチの導入は、米軍との運用互換性、情報共有、共同作戦遂行能力を最高度に高めることを意味する。
アパッチは、その歴史において撃墜例が少ない「戦場最強の攻撃ヘリ」として知られており、その存在自体がロシア軍にとって最大の戦術的脅威となる。ポーランドが96機という大量の戦力を保有するという事実は、ロシアとの直接対峙が現実味を帯びる中で、戦術的抑止としても非常に大きな意味を持つ。
ポーランドの決断は、「攻撃ヘリの終わり」ではなく、「攻撃ヘリの役割の再定義」という、現代戦の新たな潮流を反映した戦略的な選択である。この大規模なアパッチ導入は、欧州の軍事バランスと東部戦線の抑止力に大きな影響を与えるものとして、その動向が今後も注視される。
