

2025年12月16日、ドナルド・トランプ米国大統領は、南米ベネズエラを巡る対立において、これまでにない強硬措置を打ち出した。自身のSNSを通じて、米国の制裁対象となっている石油タンカーに対し、ベネズエラ周辺海域への出入りを阻止する「全面封鎖」を命じたと発表した。これは、米軍艦艇による海上圧力を一層強化するものであり、実際にその数日前、10日にはベネズエラ沖で米当局が石油タンカーを拿捕するなど、すでに緊張が高まっていた状況での措置であった。
.@POTUS on the Naval blockade on Venezuela: "We're not gonna let anybody going through that shouldn't be going through. They took all of our energy rights—they took all of our oil from not that long ago… they illegally took it." pic.twitter.com/vzHLBEyctP
— Rapid Response 47 (@RapidResponse47) December 17, 2025
この封鎖命令と同時に、トランプ大統領はベネズエラのニコラス・マドゥロ政権を「外国テロ組織(Foreign Terrorist Organization, FTO)」に指定したと公表した。この異例の指定は、ベネズエラ側の石油収入が麻薬密売や人身売買といった組織的犯罪行為に使われているという米国側の主張に基づいている。外国の政府自体をテロ組織に指定するという措置は極めて異例であり、その背後には戦略的な法的意図があるとみられている。専門家の分析によれば、この指定は、ベネズエラとの対立を「国家間の戦争」ではなく「テロ組織の掃討」という文脈に置き換えることで、宣戦布告や軍事行動に関する議会承認(戦争権限)などの煩雑な法的議論や制約を回避する狙いがある。トランプ大統領はさらに、「ベネズエラがアメリカから奪った石油や土地、資産をすぐに返還すべきだ」と述べ、強硬な姿勢を世界に鮮明に示した。
マドゥロ政権はこの封鎖命令に対し、「主権に対する露骨な脅威」として即座に激しく非難した。マドゥロ大統領は、国連事務総長と電話会談を行い、国際法の原則である国連憲章に従って、この封鎖措置を拒否するよう国際社会に強く求めた。国連側は、特定の措置の是非には直接言及しなかったものの、加盟国に対し国連憲章の尊重と緊張緩和への努力を促す声明を発表した。また、地域大国であるメキシコのシェインバウム大統領は、「血を流すような衝突を避けるため、国連が即時に対応すべきだ」と呼びかけ、外交的なルートでの解決の必要性を訴えるなど、ラテンアメリカ諸国全体に事態悪化への強い懸念が広がっている。
海上封鎖は戦争行為か?
米国の「全面封鎖」宣言は、国際法上の重大な議論を巻き起こしている。伝統的に、海上封鎖(blockade)は戦時に用いられる軍事的な措置であり、敵国の経済および物流を完全に断つことを目的とする。国際法学者の多くは、封鎖の成立には、正式な戦争状態にあるか、あるいはそれに匹敵する国際的な正当性が必要不可欠であるとの見解を示している。今回の米国の措置に対しても、米国内外から「これは実質的な武力行使であり、戦争行為(act of war)に該当するのではないか」という批判が噴出している。特に一部の米国議会議員は、「議会の承認なく行われた封鎖命令は憲法に定められた戦争権限を侵害するものであり、憲法違反の恐れがある」と強く批判している。これに対し、米政府当局は、この措置を「制裁と国境警備の強化」の一環と位置付け、正式な戦争宣言ではないとの説明を繰り返している。
トランプ大統領が主張した「ベネズエラがアメリカから石油を奪った」という発言は、字義通りの歴史的事実を指すものではなく、極めて政治的なレトリックとしての意味合いが強い。この発言が指し示しているのは、2007年のウゴ・チャベス政権時代に行われた石油産業の国有化プロセスである。当時、ExxonMobilなどの米国石油会社がオリノコ川流域の重油プロジェクトから強制的に排除され、長年にわたる米国企業の投資が事実上無効化された経緯がある。ベネズエラには世界最大の証明済み石油埋蔵量(約3000億バレル)が眠っている。米国はこれまで麻薬密輸を理由にベネズエラへの圧力を強めていたが、真の狙いは石油利権にあるとの見方が強まっている。ベネズエラ側は、こうした主張を「米国の帝国主義的要求」として強く反発しており、国際的な論争を深める原因となっている。
米国による封鎖命令の直後、国際エネルギー市場には即座に影響が現れた。代表的な指標であるWTI原油価格は1%超上昇した。これは、ベネズエラからの供給途絶リスクや米軍の行動による地政学的緊張の高まりが、市場の供給不安を煽ったためである。ただし、同時に世界の供給過剰や他地域の増産といった緩和要因も存在するため、価格高騰は限定的であるという分析もある。ベネズエラにとって、石油収入は国家財政の大部分を占める生命線であるため、今回の封鎖措置は経済的に致命的な打撃となり得る。専門家は、輸出の停止が財政赤字のさらなる拡大、社会サービスの機能不全、そして既に深刻なインフレの加速に直結する可能性が高いと警告している。
この封鎖措置は、中南米の地域情勢にとどまらず、米国とロシア・中国といった大国との関係にも深刻な影響を及ぼす可能性がある。ベネズエラ産の石油は主に中国、インド、ロシア、キューバなどに輸出されており、中でも中国は最大の顧客である。また、ロシアのタンカーが石油輸送を担うケースも少なくない。そのため、これらの輸入国や関係国がトランプ政権の動きに対して強く批判的な立場を取ることが予想され、地域紛争が米中露間の新たな冷戦的緊張を生むシナリオとして国際社会で懸念されている。
専門家は、封鎖や制裁が単独で事態を収束させる手段にはなり得ないとして、外交的交渉ルートの早急な模索が不可欠であると警告している。また、海上での封鎖活動による偶発的な衝突や誤解が、事態を予測不能なレベルにまで拡大させるリスクも指摘されており、国際社会の調整役としての国連の役割の重要性が一層増している。
