

携帯式地対空ミサイル(MANPADS)の代名詞として、FIM-92 スティンガーは過去40年以上にわたり世界の空で決定的な役割を果たしてきた。1980年代初頭の配備開始以来、その圧倒的な実績は枚挙にいとまがない。アフガニスタン紛争ではソ連軍の航空戦力に壊滅的な打撃を与え、「非対称戦争」における歩兵の防空能力を劇的に向上させた。その後も湾岸戦争、イラク戦争、そして近年ではウクライナ戦争に至るまで、第一線での使用が続けられており、「歩兵が携行できる究極の防空兵器」という概念を完成させた名システムであることは疑いようがない。しかし、その成功の基盤が40年以上前の技術であるという事実は、現代の脅威環境において無視できない限界を生み出している。
Lockheed Martin Successfully Completes First Flight Test of NGSRI
- 旧式化した誘導技術: 従来のスティンガーは赤外線誘導(IRホーミング)が中心であり、近年普及したフレアや高度な赤外線欺瞞装置(DIRCM)を備えた航空機に対しては、追尾能力の低下が指摘されている。
- 限定的な射程: 実用射程がおよそ4〜5kmという性能は、今日の長距離精密誘導兵器や高速ドローンの脅威に対して、部隊の安全マージンが不足しつつある。
- 新世代の脅威の台頭: ロシア・ウクライナ戦争で顕著になった、小型・高速・低RCS(レーダー反射断面積)のドローンの群れ(スウォーム)、低空を侵入するステルス性の高い巡航ミサイル、そしてIR欺瞞装置を備えたヘリコプターやジェット機といった「新世代の空中脅威」の急増は、スティンガーの能力の限界を白日の下に晒した。
この切迫した現実に対し、米陸軍は旧来のシステムの延命ではなく、全面的な後継システム開発を決断した。それが「NGSRI(Next Generation Short-Range Interceptor)」計画、すなわち次世代短距離迎撃ミサイル計画である。
NGSRI


NGSRIは、単なるスティンガーの改良版ではなく、米陸軍が進める短距離防空(SHORAD)戦力の根本的再構築計画の中核に位置付けられている。その設計思想は、戦術的な携行性と既存システムとの互換性を維持しつつ、迎撃能力を飛躍的に向上させる点にある。
NGSRIの最大の特徴は、スティンガーが確立した携行性と発射方式を完全に継承しながら、中身のミサイル技術のみを次世代化するというアプローチだ。
- 互換性: 歩兵による肩撃ち運用、三脚式発射器、そしてM-SHORAD(Mobile Short-Range Air Defense)のような車載型防空システムといった既存の運用プラットフォーム(発射機)をそのまま利用できる設計となっている。
- 効率性: この「ミサイルのみの世代交代」戦略により、部隊の訓練体系の大幅な変更や、高価な新型発射プラットフォームへの更新コストを抑えつつ、迎撃能力だけを劇的に引き上げることが可能となる。
主要な性能向上ポイント
NGSRI計画が目標とする性能要件は、現代の複雑な空中脅威に対処するために、多岐にわたる。
| 項目 | FIM-92 スティンガー(現行) | NGSRI(目標性能) | 影響と戦略的意義 |
| 射程 | 約4〜5km | 8〜9km級(2倍近く) | 脅威のより早期迎撃、部隊の安全マージン拡大。巡航ミサイルなどの対応時間増加。 |
| 誘導方式 | 赤外線誘導(IR)中心 | 多波長シーカー/画像処理/対妨害アルゴリズム統合 | フレア、IR欺瞞、熱源の小さいドローンへの耐性を大幅強化。真の「撃ち放し能力」。 |
| 機動性/高速化 | 現行の固体燃料ロケット | 新型ロケットモーターの採用 | 目標到達時間の短縮。高速で機動する巡航ミサイルや戦闘機への迎撃機会増加。 |
| 標的対応能力 | ジェット機、ヘリコプター | 上記に加え、ドローン・スウォーム、巡航ミサイル、極小RCS標的 | 現代戦の主要な脅威である非対称・低コスト兵器への確実な対処。 |
特に「新世代シーカー」の進化は、本計画の核心である。従来の単純な熱源追尾ではなく、多波長赤外線センサー、高度な画像認識処理技術(AIを活用した標的識別)、そして電子妨害(ECM)耐性アルゴリズムが統合されることで、フレアや強力な赤外線欺瞞があっても、目標を「見失わない」追尾能力を獲得する。これは、熱源が極めて小さい偵察ドローンやFPVドローン群を確実に捕捉・撃破するために不可欠な要素である。
開発競争と配備スケジュール
現在、NGSRI計画は、軍需産業の二大巨頭であるRTX(旧レイセオン)とロッキード・マーティンの2陣営による競争試作(プロトタイピング)が激しく進行中である。両社は、ミサイルの飛行試験、命中精度、コスト効率、そして大量生産への適合性などを競い合っている。2026年初頭にはロッキード・マーティン案が初の飛行試験に成功したと報じられ、技術の成熟は順調に進んでいることが示されている。米陸軍の計画では、以下のスケジュールで新システムの部隊配備を目指している。
| 期間 | フェーズ | 内容 |
| 2026〜27年 | 統合試験(DT/OT) | 競合するプロトタイプの技術評価と運用試験の統合。最終選定に向けたデータ収集。 |
| 2028年 | 低率初期生産(LRIP) | 選定されたシステムの初期生産を開始。部隊への試験的配備とフィードバック収集。 |
| 2029年以降 | 部隊配備開始 | 全面的な量産体制に移行し、米陸軍全体に配備を拡大。スティンガーからの本格的な置き換え。 |
変化した現代戦の様相
スティンガーは長らく新規製造が中断されていた(約20年間)。これは、先進国間の防空戦力競争の激化により、高価な戦闘機やヘリコプターが低空を飛行する機会が減り、MANPADSの需要が一時的に減少したためである。しかし、ロシア・ウクライナ戦争がこの状況を一変させた。
- MANPADSの再評価: ウクライナ軍に供与されたスティンガーやその他のMANPADSが、ロシア軍の戦闘機や攻撃ヘリコプターを次々と撃墜し、その戦術的価値が再認識された。
- ドローン脅威の爆発的増加: 最も重要な変化は、安価な商用ドローンや軍事ドローンが戦場の様相を一変させたことである。これらのドローンは、戦車、砲兵陣地、指揮所を低コストで破壊し、戦闘空間を「ドローン優勢」に変質させた。
- 複合攻撃の常態化: 巡航ミサイルと無人機(UAV)を組み合わせた複合的な飽和攻撃が常態化している。
こうした「低高度・多数・安価」な空中脅威の波に対し、高価で限定的な数のTHAADやパトリオットといった中・長距離防空ミサイルだけでは、もはや対応しきれない。NGSRIに託された最大の役割は、この新たな脅威スペクトルに対し、「最後の防空ライン」を歩兵レベルで、かつ経済的に構築することである。歩兵部隊が自らの頭上を守り、敵のドローン・スウォームや巡航ミサイルの「弾幕」を破ることが、現代の陸上作戦の成否を分ける鍵となっている。
結論として、FIM-92 スティンガーは「まだまだ通用するが、時代遅れになりつつある」というのが現状評価である。信頼性は依然として高いものの、射程の短さ、対電子妨害能力の限界は、もはや欺瞞できない課題となっている。NGSRIの登場は、「名作兵器の寿命が尽きた」というネガティブな解釈よりも、「新しい戦争様式が、次世代の防空兵器を要求した結果」と見る方が遥かに正確である。スティンガーが世界に広範な影響を与えたように、NGSRIは今後の短距離防空システムのグローバルスタンダードとなり、欧州を含めた各国の次世代MANPADS開発を触発する可能性が高い。「ポスト・スティンガー時代」は、歩兵レベルの防空戦力再編を世界的に引き起こす、重要な転換点となるだろう。
