

ホルムズ海峡をめぐる米国とイランの軍事衝突が長期化するなか、アラビア海に展開してきた空母エイブラハム・リンカーンと強襲揚陸艦トリポリで、乗員に提供される食事の質低下や物資不足が表面化している。8月13日には、横須賀を母港とする空母ジョージ・ワシントンがリンカーン交代のため中東へ向かっていると米メディアが報じられた。また、佐世保に帰還したトリポリの乗員は「任務中は新鮮な食べ物がなく、大好きなイチゴやモモを食べて涙が出た」と語っている。世界最強とされる米海軍の兵站に、いま何が起きているのか。
発端は対イラン軍事作戦
事の発端は2026年2月28日、米国とイスラエルが「エピック・フューリー作戦」の名でイラン各地を攻撃し、最高指導者ハーメネイー師が死亡したことにある。イランは湾岸諸国の米軍関連施設やイスラエルへの報復攻撃に踏み切り、ホルムズ海峡の航行を事実上妨げた。4月には2週間の停戦、6月19日にはイスラマバードで戦争終結を謳う覚書も交わされたが、その都度戦闘が再燃し、7月には米軍がイラン国内の標的を短期間に計140カ所以上空爆するなど、断続的な交戦が今も続いている。単純な「長期戦争」というより、停戦と再燃を繰り返す不安定な状態が続いている、と捉えるのが実態に近い。
「食料がない」のではなく「生鮮食品を届けられない」


海軍作戦部長のダリル・コードル大将は4月20日、艦艇には最低でも10日分、多くは30日分以上の保存食が積まれ栄養基準は満たしていると説明し、報道を否定した。ヘグセス国防長官も同様の見解を示している。一方、乗員家族の証言では生鮮野菜・果物・肉が乏しく配給に近い食事が続き、艦内郵便の一時停止で日用品も不足したとされる。実際、米郵政公社は4月、戦闘に伴い27の軍事郵便局向け配送を一時停止したと発表しており、家族が送った食料や衛生用品を含む荷物が届かない事態も併発していた。缶詰や冷凍食品など保存食は確保されていても、定期補給が必要な生鮮食品から先に失われやすい構図がうかがえる。
バーレーンの兵站拠点が相次ぎ被弾
中東兵站網の要が、米第5艦隊司令部の置かれるバーレーンの拠点だ。艦艇補給・整備・人員輸送・郵便を支える、9000人規模が駐留する中東最大級の後方基地だが、2月28日から3月1日にかけてミサイル攻撃を受け黒煙が上がったほか、6月上旬、6月28日、7月9日にも、イラン革命防衛隊が拠点内の燃料タンクなど重要施設を狙った攻撃を繰り返している。比較的安定していた補給ハブが戦時環境に置かれ、ルートや優先順位の見直しを迫られた形だ。
戦時兵站とホルムズ海峡というボトルネック
兵站が圧迫されると、軍は限られた輸送力を任務に不可欠な物資から優先配分する。米海軍も、食料、衛生用品、郵便の順で優先していることを認めている。食料であっても、カロリーと栄養を維持するための保存食品と、生鮮食品では優先度が異なる。戦闘を継続するうえで最低限必要な食料を確保できれば、保存性の低い生鮮食品が削減される。その結果、乗員から見れば「食料はあるのに、まともな食事がない」という状況が発生する。
加えて第5艦隊の拠点はペルシャ湾奥深くにあるため、補給船の多くはホルムズ海峡を通らざるを得ず、イランの攻撃リスクにさらされる。「物資があるか」ではなく「必要な場所へ安全に届けられるか」が問題になっている。
記録的な長期展開、議会も動く
リンカーンはもともと太平洋での通常任務のため2025年11月21日にサンディエゴを出港したが、開戦直前の2026年1月に中東へ進路変更され、以降アラビア海に張り付いている。8月時点で洋上270日前後、寄港なしの連続日数は200日を超え、現代の米海軍で最長級の記録となった。8カ月超の展開中の寄港はわずか2回、任務はこれまでに2度延長されている。カビの生えたシャワー、故障したトイレ、数週間止まった洗濯設備、長期間の給湯停止、石けんや歯磨き粉の不足に加え、乗員の体重減少や精神的不調も報じられ、8月3日には乗員1人が海に転落し約1時間後に救助される事故も起きた。ブルーメンソール上院議員やレビン下院議員が国防長官・海軍長官代行に説明を求める書簡を送り、下院軍事委員会のモールトン議員も調査開始の意向を示すなど、問題は議会レベルの対応に発展している。これに対しヘグセス長官は報道内容を「事実を歪めたもの」と一蹴。トランプ大統領も8月14日、懸念について「展開はまだ全然足りない」と述べ、深刻さを否定した。一方、米当局者は、後継艦ジョージ・ワシントンの派遣は以前から計画されていたローテーションであり、問題への是正措置ではないと説明しており、5月23日に横須賀を出港し、マラッカ海峡を経て中東に向かっている。
兵站は「性能」より重い課題
今回の事例が示すのは、世界最大級の兵站能力を持つ米軍でも、戦闘の長期化、拠点への攻撃、海峡の混乱、艦艇の展開長期化が重なれば、生鮮食品や郵便といった「余裕」の部分から確実に削られるという事実だ。イランの攻撃→中東拠点の混乱→補給ルートの長距離化→海峡の物流混乱→補給頻度の低下→長期展開による兵站余力の低下→生鮮食品の削減、という連鎖は今も進行中とみられる。「食事がまずくなった」という乗員の声は、巨大な軍事組織の兵站に生じたひずみを映す指標といえるだろう。
参考:Navy Times、Stars and Stripes、Snopes、Newsweek、CNN、Forbes JAPAN、時事ドットコム、笹川平和財団IINA各記事(2026年3〜8月)
