

タイのスティダー王妃が、タイ空軍の主力戦闘機であるスウェーデン製JAS 39 Gripen(グリペン)C/Dの操縦訓練を開始した。王族が最新鋭の戦闘機を操縦するという異例のニュースだが、スティダー王妃は以前から軍用機と民間航空機の双方で飛行実績を積んできた本格的なパイロットでもある。
今回の訓練は2026年8月20日から9月4日まで、タイ南部スラタニ県にあるタイ空軍第7航空団(Wing 7)で実施されている。第7航空団はタイ空軍のJAS 39 C/Dを運用する主要拠点で、第701飛行隊「アンダマン・シャークス」が配備されている。訓練は王妃自身の私的プログラムと位置づけられつつも、タイ空軍の標準的な飛行手順に沿って進行しており、空軍の飛行教官や航空専門家が指導にあたっている。最終的な目標として設定されているのが、Gripenによる「Solo Flight(単独飛行)」だ。
段階を踏んだキャリア:いきなり戦闘機に乗るわけではない
今回のニュースで特に注目されるのは、スティダー王妃の確かな航空キャリアだ。王妃は元客室乗務員(日本航空、タイ国際航空)という経歴を持ち、2010年にタイ陸軍へ入隊。2014年より王室警護部隊の副司令官を務め、2016年には陸軍大将に昇格している。王妃はこれまでに陸空軍の航空関連課程を修了し、L-39ジェット練習機を使った訓練も経験してきた。今回のGripen訓練に先立ち、タイ空軍飛行訓練学校でのL-39訓練や、ドンムアン施設でのGripenフライトシミュレーター訓練を複数回重ねてきたと報じられている。さらに王妃は、民間航空分野の高度な資格も保持している。Boeing 737の型式限定を含む事業用操縦士資格に加え、タイ民間航空当局の定期運送用操縦士資格(ATPL)を取得しており、王室機のBoeing 737-400や737-800では副操縦士を務めた経験もあるという。これまでにCessna T-41、CT-4E、PC-9、Cessna 172、Mooney M-20、Piper PA-34 Senecaなど、多種多角な航空機を操縦してきた。
つまり今回の挑戦は、未経験の王妃が突如として戦闘機に搭乗するパフォーマンスではない。小型機から軍用練習機、ジェット練習機、そして大型旅客機へと着実にステップアップした先にある、必然の挑戦と言える。
スウェーデン・ヴィクトリア王太子との違い
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— Försvarsmakten (@Forsvarsmakten) December 9, 2025
Efter sin officersutbildning har Kronprinsessan Victoria under hösten fördjupat sig i det svenska flygvapnets verksamhet och fått inblick i det praktiska och det strategiska arbetet.
Som avslutning fick Kronprinsessan även flyga Jas 39 Gripen över norra Sverige. pic.twitter.com/Y7m7gONTcH
ここで対比として興味深いのが、グリペンの母国スウェーデン王室のヴィクトリア王太子の例だ。2025年秋、ヴィクトリア王太子はスウェーデン軍の士官教育の一環として空軍専門訓練を受け、その過程でJAS 39 Gripenに搭乗した。北部スウェーデンで実施された飛行では、模擬空中戦にも参加し、師団長とともに敵航空機から自国の橋梁を防衛する想定訓練を行ったと報じられている。
しかし、両者には大きな違いがある。ヴィクトリア王太子の場合は士官教育の一環としての「体験・評価飛行」であり、現役パイロットになるための操縦課程を受けているわけではない。一方、スティダー王妃は自らGripenの操縦技能を修得し、最終的に単独飛行を目指す「操縦士養成課程」を進めている。両者ともGripenのコックピットに座った経験を持つものの、その目的と訓練内容は大きく異なる。
タイ空軍の主力機Gripenと王妃の挑戦
王妃が訓練で用いるJAS 39 Gripen C/Dは、スウェーデンのSaab(サーブ)社が開発した第4世代の多用途戦闘機だ。タイ空軍は2010年に老朽化したF-5の更新を目的として導入を決定し、第7航空団を中心に運用してきた。2026年7月には、Gripen C/DおよびSaab 340 AEW&Cがタイ空軍に配備されてから15周年を迎えている。なお、タイ空軍は老朽化したF-16の後継として、最新モデル「Gripen E/F」の採用も決定している。
王妃はこれまでにも第7航空団を私的に訪問し、Gripenのシステムを研究するとともに、任務に就く現役パイロットと交流を深めてきたとされる。今回、そのGripenの操縦桿を自ら握ることになった。もし訓練を終えて単独飛行を達成すれば、スティダー王妃は「現職の王妃として世界で初めて戦闘機を操縦した人物」となる可能性がある。もちろん、戦闘機を操縦できることと実際の戦闘任務に就くことは別であり、王妃が実作戦へ投入されることを意味するものではない。それでも、国家元首の配偶者である王妃が軍の標準訓練に則って現役戦闘機の操縦技術を学び、単独飛行を目指すという事実は極めて異例だ。
単なる「王族の体験飛行」にとどまらず、L-39での訓練、シミュレーターによる入念な準備、そしてGripen実機へ——。スティダー王妃は今、タイ空軍が誇る4世代戦闘機の操縦席で、これまで培ってきた航空技能の集大成といえる歴史的な挑戦に臨んでいる。


