

ウクライナの首都キーウで9月2日、ウクライナ保安庁(SBU)と国防省情報総局(HUR)に所属する部隊の間で銃撃戦が発生した。ウクライナの主要情報機関同士が市街地で直接武力衝突する異例の事態となり、HUR側の関係者3人が負傷したと報じられている。
Video of the morning shootout between the SBU and HUR: pic.twitter.com/OGiIyavGn5
— Stanislav Aseyev (@AseyevStanislav) September 2, 2026
今回の事件は、ロシア連邦保安庁(FSB)によるテロ計画の捜査と、ウクライナ側で活動するロシア人部隊「ロシア義勇軍(RVC)」の幹部、ステパン・カプルノフ氏をめぐる拘束問題が発端になったとみられている。ただし、銃撃戦がなぜ発生したのか、どちらが先に発砲したのかについては双方の説明が食い違っており、現在も捜査が進められている。
SBUが「FSBのテロ計画」を捜査
🇺🇦 #Ukraine: A confrontation broke out in Kyiv between officers of Ukraine’s Main Directorate of Intelligence (HUR) and the SBU’s Alpha special unit during an investigation into the disappearance of RDK deputy commander Stepan Kaplunov, which the FSB was plotting to kill.
— POPULAR FRONT (@PopularFront_) September 2, 2026
HUR… pic.twitter.com/wnL8ZgMibR
SBUによると、今回の作戦はロシアのFSBがウクライナ国内で計画していたテロ行為を阻止するためのものだった。SBUは9月2日、ロシアの反体制派・民族運動に関係する人物を標的としたFSBのテロ計画を阻止したと発表した。ウクライナ側の発表では、標的となった人物はウクライナ独立記念日に合わせてウクライナを訪問していたという。複数のウクライナ・メディアは、この人物がロシア義勇軍の副司令官であるステパン・カプルノフ氏だったと報じている。ロシア義勇軍は、ロシア人を中心に構成され、ウクライナ側でロシア軍と戦闘を続けている武装組織だ。HURとの関係が深く、軍事情報機関の指揮・支援下で活動しているとされる。
カプルノフ氏をめぐり「拉致」か「拘束」か
事件を複雑にしているのが、カプルノフ氏の身柄をめぐる問題だ。ロシア義勇軍側は9月1日、カプルノフ氏が自宅の中庭で「何者かによって拉致された」と発表していた。一方、SBU側は同氏に対する捜査を進めていたとみられ、単純な拉致事件ではなく、法執行機関による拘束だった可能性が浮上している。カプルノフ氏の弁護士は、SBUが同氏を正式な容疑を明らかにしないまま拘束したと主張。さらに、9月1日夜から2日にかけて行われた自宅捜索についても、手続き上の問題があったと指摘している。一方、SBU側はロシアによるテロ計画の捜査という立場を崩していない。
つまり今回の事件には、「FSBによる暗殺・テロ計画」と「SBUによるカプルノフ氏の拘束」という2つの問題が重なっている可能性がある。
捜索現場でHUR側と衝突
9月2日、SBUの捜査員がキーウのドニプロフスキー地区、ユーリヤ・シュムスコホ通り周辺で捜索活動を行っていたところ、武装したグループとの衝突が発生した。ウクライナ検察当局の説明では、SBUの捜査グループが捜索を実施していた際、「ウクライナ防衛軍の一部隊」に所属する人物らから武装攻撃を受けたという。SBUは現場に特殊部隊「アルファ」を投入。武装抵抗を排除し、関係者を拘束したと説明している。その後、攻撃した側がHUR関係者だったことが複数の報道で伝えられ、事態は単なる捜査現場での抵抗ではなく、SBUとHURというウクライナの主要情報機関同士の武力衝突だったことが明らかになった。ウクライナ・メディアによれば、HUR側では3人が負傷。うち2人が重傷だったとの情報も出ている。
「SBUが先に撃った」――HUR側は真っ向から反論
しかし、SBU側の説明だけでは事件の全容は説明できない。HURの特殊部隊「ティムール」の指揮官側は、カプルノフ氏の拘束をめぐってSBUと協議していたところ、SBUがHUR関係者を拘束しようとしたと主張。さらに、SBU側が武装していないHUR関係者に向けて発砲したと訴えている。カプルノフ氏の弁護士も、SBU側による「拉致」を主張しており、SBUが発表した「FSBのテロ計画を阻止した」という説明についても、拘束を正当化するためのものだと批判している。つまり現時点では、
SBU側:「捜査を妨害する武装集団から攻撃を受け、アルファが対応した」という説明に対し、
HUR側:「SBUがHUR関係者を拘束しようとして発砲した」という正反対の主張が存在している。
現場映像も公開されているものの、現時点で「どちらが最初に発砲したのか」を映像だけから確定することはできない。
ゼレンスキー大統領「絶対に恥ずべき状況」
今回の事件を受け、ゼレンスキー大統領は極めて厳しい反応を示した。ゼレンスキー氏はSBUとHURの部隊が衝突したことを「絶対に恥ずべき状況」と批判し、事件について徹底した捜査を行うよう指示。また、ウクライナ国内で武力を行使すべき相手はロシアの占領者であり、国内の情報・治安機関同士が銃撃することは許されないとの趣旨を強調した。検察総長室と国家捜査局(DBR)が事件を捜査し、双方の機関にも内部調査を求めている。さらにゼレンスキー大統領は、SBUの国家機密保護部門を率いていたオレフ・フラモフ氏を解任した。今回の銃撃事件との直接的な因果関係は現時点で明確ではないものの、事件直後に高位のSBU幹部が更迭されたことは注目される。
背景にあるSBUとHURの「縄張り争い」
今回の事件を理解するうえで重要なのが、SBUとHURの役割の違いだ。SBUはウクライナ国内の防諜、テロ対策、国家安全保障犯罪の捜査などを担う治安機関であり、対テロ特殊部隊「アルファ」を保有する。一方のHURは国防省の情報機関であり、軍事情報の収集だけでなく、特殊作戦やロシア国内への秘密工作など、戦時下で活動領域を大きく拡大している。ロシアとの全面戦争が長期化する中で、両機関の活動領域は以前よりも重なっている。そのため、
「誰が捜査するのか」
「誰が容疑者を拘束するのか」
「どの機関が特殊作戦を指揮するのか」
という権限問題が発生しやすくなっている。
米紙ウォール・ストリート・ジャーナルも今回の事件について、SBUとHURの間で続いてきた影響力や資源をめぐる競争が表面化した可能性を指摘している。
ブダノフ氏の存在も焦点に
さらに注目されるのが、HURの前長官で現在はウクライナ大統領府長官を務めるキリーロ・ブダノフ氏だ。ブダノフ氏は今回の事件について、徹底かつ公平な捜査を求め、「軍人を拉致する権利も、街中で発砲する権利も誰にもない」との趣旨の発言をしている。HURの特殊部隊「ティムール」はブダノフ氏がHURを率いていた時代から存在感を高めてきた部隊であり、今回の事件ではその部隊がSBUの特殊部隊「アルファ」と対峙した形になった。ただし、これを直ちに「ブダノフ氏とSBUの対立」と結びつけることはできない。現在のHURは別の指導体制にあり、今回の事件についても捜査結果を待つ必要がある。
2022年にも両機関の関係をめぐる問題
SBUとHURの関係が緊張したのは今回が初めてではない。2022年3月には、ロシアによる全面侵攻直後、HURと関係があった銀行家デニス・キレエフ氏がキーウ中心部で死亡する事件が発生した。当時、キレエフ氏はロシアによる侵攻計画に関する情報をウクライナ側に提供した人物として評価される一方、ロシア側との二重スパイ疑惑も持たれていた。後にブダノフ氏は、キレエフ氏がSBUによる作戦中に殺害されたとの見方を示している。ウクライナ大統領府も2023年、キレエフ氏の死亡について、戦争初期におけるウクライナ特殊機関間の「連携不足」と関連していたとの説明を行った。今回の事件は、この過去の問題を想起させるものでもある。
ウクライナにとって無視できない「内部衝突」
今回の事件で最も重要なのは、SBUとHURが単に仲が悪いということではない。両機関は現在のウクライナ戦争において、ロシア軍に対する情報戦・特殊作戦の中心的な存在だ。SBUのアルファは国内の対テロ・特殊作戦能力を持ち、HURはロシア軍やロシア国内を対象とした軍事情報・特殊作戦を担う。その双方が首都キーウで実際に銃撃戦を行ったとなれば、戦時下の指揮統制や情報共有に重大な問題が存在する可能性がある。もっとも、現時点でこれを「ウクライナ情報機関が分裂した」とまで評価するのは早い。今回の衝突が、ロシアによるテロ計画をめぐる特殊な捜査上の対立だったのか、それともSBUとHURの長期的な権限争いが背景にあったのかは、今後の捜査によって明らかになる。カプルノフ氏については事件後に釈放されたとの情報もあるが、具体的な容疑や拘束の法的根拠についてはなお不透明な部分が残っている。ロシアとの戦争が続く中で、ウクライナにとって最も避けなければならないのは、ロシアの工作活動そのものだけではない。その工作活動への対応をめぐって、自国の情報・治安機関同士が武力衝突することだ。
今回のキーウでの銃撃事件は、ウクライナの特殊作戦能力がいかに巨大化したかを示す一方、その強大な組織をどのように統制し、相互に連携させるのかという、戦時国家にとって極めて難しい課題を浮き彫りにしている。
