

イエメンの親イラン武装組織フーシ派が2026年9月10日、紅海沿岸の要衝モカ(Al-Mukha)を制圧した。モカは単なる地方都市ではない。紅海とアデン湾を結ぶバブ・エル・マンデブ海峡から約80kmに位置する戦略拠点であり、同海峡は平時、世界の貿易貨物の約12%が通過するとされる大動脈だ。
The Yemeni armed forces chanted the slogan of the Houthi movement from the coasts of Mocha and Bab al-Mandab. pic.twitter.com/7MyG5emAIt
— Mr. Zihad (@mrzihad2026) September 11, 2026
さらに翌11日には、海峡中央に浮かぶペリム島(マユン島)にもフーシ派が到達し、政府軍は撤退したと複数のイエメン政府筋が明らかにした。一部報道(CNN)はこれを「フーシ派による海峡の事実上の完全掌握」と伝えているが、フーシ派・イエメン政府のいずれも公式には確認しておらず、断定はまだできない段階にある。ただし、海峡そのものの完全支配と、周辺の陸地・島嶼部を利用して船舶を攻撃できる能力は別問題であり、後者だけでも海運にとっては十分に深刻だ。分析会社クプラーによると、フーシ派による断続的な攻撃の影響で、バブ・エル・マンデブ海峡を通る世界の海上原油輸送の比率は、3年前の約10%からすでに半分程度まで落ち込んでいるという。
想定より速い進軍と国連の警告
A massive convoy of Yemeni prisoners of war made its way from Mocha to Sanaa, greeted by crowds in cities and towns along the route.#Yemen #SaudiArabia #Houthi pic.twitter.com/QECDehc0DP
— SilentFrame (@SilentFrameM) September 12, 2026
フーシ派はモカ制圧後、南下してバブ・エル・マンデブ海峡の要衝であるハニシュ諸島方面へ進出し、政府軍と同盟部隊をペリム島対岸の町ドゥバブまで押し戻した。ロイターによれば、フーシ派がバブ・エル・マンデブ海峡を掌握するにはドゥバブとペリム島の支配が鍵とされていたが、その両方が1日のうちに現実となった格好だ。フーシ派と、サウジアラビアが支援する政府軍との戦闘はここ数日で急速に激化している。国連イエメン担当特使ハンス・グルンドベルグ氏は10日の安全保障理事会会合で、モカ制圧によりフーシ派が世界有数の海峡の入り口に直接的な足場を得たと指摘し、国際社会に「より危険な段階」への対応を求めた。安保理は8月時点で、2022年の停戦以来最も深刻な全面戦争への逆戻りリスクが生じていると既に警告していた。
フーシ派にとって重要なのは、大量の商船を撃沈することではない。ミサイルや無人機による攻撃能力を誇示するだけで、海運各社は安全のためアフリカ南端の喜望峰回りへ迂回する。その結果、航海日数の増加、燃料消費量の増加、船舶保険料の上昇、運賃の上昇という構図は変わらない。
サウジへの打撃は数字に表れている
影響は既に統計に現れている。OPECの集計によると、サウジアラビアの8月の原油輸出量は日量303万バレルと前月比約33%減、生産量も日量623万バレルで23%減となり、いずれも30年超ぶりの低水準に落ち込んだ。ホルムズ海峡の機能が損なわれる中、紅海ルートはサウジにとって代替輸出路の要だったが、その先のバブ・エル・マンデブまで脅かされれば逃げ場を失う。原油市場もこれに敏感に反応した。9月10日の北海ブレント先物は前日比6%超(6.42ドル)高の107.63ドルで取引を終え、時間外には109ドル台も付けた。5月中旬以来の高値水準で、投資銀行の一部は10〜12月の見通しを1バレル150ドル程度まで引き上げている。
ホルムズもすでに「制約」を超えている
記事の前提として押さえておきたいのは、ホルムズ海峡が単に「通航が制約されている」段階をとうに超えている点だ。2026年2月28日、米国とイスラエルがイランを空爆(「エピック・フューリー作戦」)し、最高指導者ハメネイ師が死亡した。イランの反撃を経てホルムズ海峡は事実上封鎖状態となり、6月に一時停戦が成立して航行が再開したものの長続きせず、機能不全が常態化している。バブ・エル・マンデブがこれに連動して不安定化すれば、アラビア半島を挟む二つの主要チョークポイントが同時に機能を失う事態になる。
フーシ派はなぜ攻勢を強めたのか
フーシ派は2026年3月28日、イスラエルへのミサイル・無人機攻撃をもって対イラン・イスラエル戦争への正式参戦を表明した。イラン革命防衛隊(IRGC)要員が事前に技術支援を行ったとの報道もあり、両者の連携は単なる思想的共鳴を超えている。11日のペリム島到達についても、イラン側がフーシ派の行動を称賛したと伝えられており、今回の動きはイエメン一国の内戦というより、対イラン戦争の延長線上にある事象と捉えるべきだ。もう一つの問題が、イエメン国内への影響だ。2022年以降、大規模な戦闘は比較的抑制されてきたが、今回の攻勢に伴い住民の避難や市場の閉鎖も報告されており、人道状況の悪化とイエメン内戦の再激化が懸念される。そうなれば、イエメン内戦、米イラン対立、サウジの安全保障、そして世界の海運問題が一つに結びついてしまう。
焦点は「モカの次」からすでに動いた
当初想定されていた「モカ→ドゥバブ→ペリム島→バブ・エル・マンデブ」という支配地域の固め方は、わずか1日で現実のものとなりつつある。今後の焦点は、フーシ派が海峡周辺の陸海拠点を継続的に維持し、対艦ミサイル、巡航ミサイル、長距離攻撃型無人機などを組み合わせた海上拒否能力を定着させられるかどうかに移る。そうなれば米海軍などによる船舶護衛の負担は増大し、商船側が紅海を避け続ければ世界の物流コストもさらに上昇する。ホルムズ海峡がすでに不安定な現在、バブ・エル・マンデブまで機能不全に陥れば、世界のエネルギー輸送は二つの海上チョークポイントから同時に圧力を受けることになる。
「イエメンの一都市が陥落した」――今回の一連の出来事をそう捉えるのは危険だ。モカとペリム島は、世界の海上物流を左右するバブ・エル・マンデブ海峡の入口と中心そのものである。ホルムズ海峡がすでに機能不全に陥っている状況で、その反対側の海峡までフーシ派の勢力圏に入れば、世界のエネルギー輸送と物流は東西二方向から同時に締め付けられる。モカ・ペリム島の陥落は、イエメン内戦の新たな局面であると同時に、世界の海運とエネルギー安全保障を揺るがしかねない戦略的転換点なのである。
