

インドネシアによる米国製ボーイングF-15EX戦闘機(イーグルII)の導入計画が、数年にわたる交渉の末、事実上中止された。2026年2月に開催されたシンガポール航空ショーで、ボーイング社の関係者が「インドネシア向けキャンペーンはもはやアクティブではない」と公式に認めたことにより、この計画は終焉を迎えたと見られている。この決定は、インド洋・太平洋地域の防衛力強化を目指すインドネシアにとって、重要な戦略的転換点となる可能性を秘めている。


インドネシア政府とボーイング社は、2023年8月にF-15EX戦闘機24機を購入する内容の覚書(MoU)に署名していた。これは、インドネシア空軍の戦闘機戦力を抜本的に近代化する意図を示すものであり、計画が実現すれば「F-15IDN」として同国の防衛の要となることが期待されていた。MoUへの署名後、両者は拘束力のある正式な契約の締結や、価格・条件の最終合意に向けて協議を続けたものの、具体的な進展は見られなかった。インドネシア国防省側は「プロセスは継続中」と説明することもありましたが、数年にわたり交渉は膠着状態に陥り、最終的な契約書への調印には至らなかった。
ボーイングによる計画終了の公表
2026年2月3日、シンガポール航空ショーの場で、ボーイング防衛部門の幹部が記者団に対し、「インドネシアとのF-15パートナーシップはもはやアクティブなキャンペーンではない」と発言し、販売計画の事実上の終了を公表した。同幹部は詳細について米政府およびインドネシア政府に問い合わせるよう述べるに留まったが、交渉の停滞と進展の欠如を事実として認める形となった。F-15EX購入計画が頓挫した背景には、単一ではなく複数の要因が複雑に絡み合っていると分析されている。報道や専門家の分析を総合すると、以下の主要なポイントが挙げられる。
1.価格・コスト面の不一致と巨額な投資
交渉過程で最も大きな障壁の一つとなったのが、提示された価格とインドネシア側の予算・条件のミスマッチである。インドネシア国防省の関係者は、ボーイングが提案した価格が高すぎ、同国の予算と折り合わなかったことを示唆している。米国防総省傘下の防衛安全保障協力局(DSCA)が公表した資料では、F-15EX最大36機を含む包括的な対外軍事販売(FMS)パッケージの総額が、最大で約139億ドル(当時のレートで約1兆6000億円)と見積もられていた。これは、インドネシアにとって国家予算に匹敵する規模の極めて大きな投資であり、価格交渉における慎重姿勢を強める要因となった。
2.契約前提の不確実性と交渉の長期停滞
MoUは法的拘束力を持たない意向表明に過ぎず、実際の購入契約へ移行するためには、価格設定、納入スケジュール、支払い条件、部品供給・維持支援(ロジスティクス)など、多岐にわたる詳細かつ具体的な協議が必須であった。しかし、これらの詳細な調整が迅速に行われることなく、数年間にわたり具体化しなかった。外国軍事販売(FMS)プロセスの複雑さと時間的遅延も相まって、交渉の長期化が計画の実行を困難にした側面がある。
3.国防における優先度の再調整と競合機の台頭
インドネシアは、F-15EX計画と並行して、フランス製のダッソー・ラファール戦闘機42機の調達計画も推進しており、こちらは順調に進展している。2026年初頭には、最初のラファール機がインドネシアに到着しており、既に主要な西側最新鋭機の導入が始まっている。また、トルコ製Kaan、韓国製KF-21、中国製J-10などの他国製戦闘機も選択肢として検討されているとの報道もあり、防衛装備の多様化を図る戦略の中で、F-15EXの優先順位が相対的に低下した可能性も指摘されている。
今回の計画中止は「インドネシア側の単独責任」と断定することは適切ではない。交渉過程における問題は両当事者に存在する可能性が高い。
| 立場 | 要因 |
| インドネシア政府・国防省 | 価格と予算制約に対する慎重な姿勢。国内予算の制約や他の大型防衛案件(特にラファール)との優先順位調整。複数の戦闘機候補を検討する柔軟な戦略選定プロセス。 |
| ボーイング社/米国側 | MoUから実際の契約に進めなかった点で、販売側の価格提示や条件調整が十分ではなかった可能性。外国軍事販売(FMS)プロセスの複雑さが交渉を長期化させ、インドネシア側のモチベーションを低下させた可能性。 |
結論として、中止はどちらか一方に責任を帰するものではなく、交渉プロセスにおけるミスマッチと、インドネシアによる戦略的な再評価が複合的に作用した結果と考えるべきである。


F-15EX計画は中止されたものの、インドネシアの防衛力強化戦略そのものが後退したわけではない。同国は、地域的な安全保障環境を踏まえ、柔軟かつコスト効率の高い戦力強化を目指している。フランス製ラファール戦闘機の最初の機体が既に到着しており、F-15EXに代わる西側最新鋭の戦闘機戦力の投入が本格的に進んでいる。これにより、当面の空軍近代化はラファールを中心として進められる見通しである。また、トルコのKAAN、中国のJ-10、韓国のKF-21など、多様な機体の導入検討が進められていることは、インドネシアが特定の国に依存せず、防衛装備の調達先を多角化する戦略を採用していることを示唆している。
今後注目されるのは、インドネシアが最終的にどの機体を主力戦闘機として選択し、その戦術的役割をどのように定めるかである。今回のF-15EX計画中止は、インドネシアが主権的な立場から、自国の予算と戦略的必要性に基づいて、最も有利な防衛オプションを柔軟に選択する姿勢を明確にしたものと言える。
