

米陸軍が長年にわたり続けてきたヘリコプターの新規調達を事実上停止し、航空戦力の構造を大きく転換する方針を検討していることが明らかになった。これは単なる一時的な見直しに留まらず、有人回転翼機を中心とした従来の陸軍航空戦力ドクトリンからの脱却を意味する画期的な動きである。この背景には、無人航空機(UAV)の急速な技術革新、現代戦における戦場環境の激変、そして防衛予算の制約という三つの複合的な要因が存在する。
米国の防衛専門サイト「Defense Blog」をはじめとする複数のメディアが報じるところによると、陸軍は「2026年度以降の有人ヘリコプター新規調達を停止し、既存機の近代化改修と無人機システムへの投資に重点を移す」計画を具体的に検討している。この計画の対象となるのは、陸軍航空部隊の屋台骨を支える主力汎用ヘリ「UH-60ブラックホーク」、高い攻撃力を持つ「AH-64アパッチ」、そして重量輸送を担う大型輸送ヘリ「CH-47チヌーク」など、現在運用されている主要なヘリコプター群である。陸軍はこれらの機体を新規に更新することなく、機体寿命延長プログラムや電子装備の近代化アップグレードを通じて運用を継続する方針とされている。これは、新型機への投資を抑制し、既存資産の最大限の活用を図る戦略的な転換と言える。
このような抜本的な方針転換には、明確な布石があった。最も象徴的な出来事の一つが、2024年2月に発表された「FARA(Future Attack Reconnaissance Aircraft)」計画の中止である。このFARA計画は、冷戦時代から運用されてきた偵察ヘリ「OH-58カイオワ」の後継機であり、さらにUH-60やAH-64といった主力ヘリを補完する次世代の偵察攻撃機を開発することを目指した野心的なプログラムであった。ベル社とロッキード・マーティン社(シコルスキー部門)が熾烈な開発競争を繰り広げ、既にプロトタイプ機も完成する段階にあった。しかし、開発コストの高騰、変化する戦略優先度の低下、そして何よりも無人機やドローンの目覚ましい進化を考慮し、陸軍は「もはや新たな有人偵察ヘリは必要ない」との判断を下した。このFARA計画の中止は、米陸軍航空部隊の将来像に直結する根幹的な決断として、防衛産業界内外に大きな衝撃を与えた。
米陸軍の方針転換の大きな背景には、ウクライナ戦争などの近年の紛争で露呈した「現代戦における有人ヘリの脆弱性」がある。ウクライナの戦場では、高度な対空ミサイルシステム、兵士が携帯可能なMANPADS(携帯型防空システム)、さらには安価で大量に投入される自爆ドローンなどによって、多数のヘリコプターが撃墜される事例が頻発した。無人機による広範囲な監視と精密な攻撃能力が飛躍的に向上する中で、有人ヘリコプターは低空での行動を余儀なくされ、最前線での活動が極めて制限されるようになり、損耗リスクが急増した。ウクライナではロシア軍・ウクライナ軍双方で多数のヘリが失われており、「有人ヘリによる戦場への浸透」は、もはや極めて危険で持続不可能な任務になりつつあるという現実が突きつけられたのである。
こうした実戦の厳しい教訓を踏まえ、米陸軍は「無人機による広範囲な索敵・情報収集・攻撃支援」「AIを活用した戦場データの統合と意思決定支援」「長距離精密打撃能力の強化」といった新たなドクトリン(軍事教義)へと軸足を移しつつある。特に陸軍航空部門では、ドローンなどの無人機と有人機が密接に連携し、それぞれの特性を活かして任務を分担する「Manned-Unmanned Teaming(MUM-T:有人・無人チーム編成)」の研究と実用化を積極的に推進している。これは、従来の「パイロットが最前線に出て戦闘を行う」という発想そのものを根本的に見直すものであり、将来の航空戦力のあり方を再定義する試みである。
ただし、このような方針転換が進む中でも、ヘリコプターが戦場において依然として戦略的に重要な存在であるという認識は変わっていない。山間部や離島、あるいはインフラが未整備な地域への兵員と物資の迅速な輸送能力、そしてヘリボーンによる奇襲攻撃は、現代においても有効な戦術としてその価値を維持している。そのため、UH-60ブラックホークやCH-47チヌークといった既存の主力輸送ヘリの調達が、必要数を確保するために完全に途絶えることはないと考えられる。しかし、今後は新規調達よりも、既存機体の寿命延長や電子装備の最新化を図る「アップグレードプログラム」が優先され、限られた予算の中で効率的に能力を維持・向上させる方針がとられる見込みである。


また、FARA計画が中止された一方で、陸軍は「将来型長距離強襲機」(FLRAA:Future Long-Range Assault Aircraft)計画の下で開発されたティルトローター機「V-280 Valor(バロー)」の調達を決定している。2022年12月には、開発・生産元であるTextron社傘下のBell Helicopter社に対し、13億ドルを上限とする初期契約が結ばれた。このV-280はUH-60ブラックホークの後継機として、2030年代前半の部隊配備を目指している。V-280は、ヘリコプターのような垂直離着陸能力を持ちながら、固定翼機に匹敵する500km/hを超える巡航速度を実現する新世代の回転翼機である。陸軍はこのV-280の採用を通じて、「ヘリコプターではなく、次世代ローター機の時代へ進む」という明確なメッセージを発している。現在、米陸軍は約2000機のUH-60を運用しているが、これを全てV-280に置き換えるわけではなく、V-280の就役後もUH-60の運用はしばらく継続される見込みである。将来的には、UH-60の自然減をV-280で補っていく形になる可能性が高い。
今回の米陸軍の方針は、米国内の防衛産業に大きな波紋を広げている。長年にわたり陸軍最大のヘリコプター供給企業であったロッキード・マーティン社傘下のシコルスキー社は、UH-60ブラックホークの生産で莫大な恩恵を受けてきたが、FLRAAの競争でV-280に敗退したこともあり、UH-60の新規調達が終了すれば、今後の契約大幅減少が懸念される。AH-64アパッチとCH-47チヌークを生産するボーイング社も同様の状況に直面する。一方、V-280が採用されたベル社は有利な立場に立ったものの、陸軍が新造機の調達全体を減らせば、V-280の受注規模も縮小は避けられない上、最悪の場合、将来的なV-280の調達中止という事態も考えられないわけではない。実際、米陸軍は量産フェーズに入っていた新規戦闘車M10ブッカーの調達を今年5月に中止すると決定しており、計画の途中で方針転換する可能性は常に存在する。
この調達中止の影響は、主要メーカーに留まらない。ヘリコプター関連の下請け企業や部品サプライヤーも深刻な打撃を受ける見通しだ。米議会や一部の州政府からは、「国防産業基盤の空洞化を招く」との強い懸念が表明されており、政治的な議論へと発展する可能性も指摘されている。シコルスキー社は、UH-60を無人機化したS-70UAS U-Hawkを今年10月に発表するなど、無人機化時代に合わせた新たな機体開発を進めているが、ヘリコプター防衛産業全体の先行きは依然として不透明な状況にある。
米陸軍関係者は、今回の動きは「ヘリコプターそのものを否定するものではなく、戦場におけるその役割が変わったのだ」と説明している。陸軍航空部門の副長官は今年5月の公聴会で、「将来の戦闘においては、低空を飛ぶ有人ヘリよりも、長距離でネットワーク化された無人航空システムが主役になる」と明確に発言した。そして、今後の投資は「パイロットを危険な最前線に出さない戦い方」へと向かうと述べた。この一連の動きは、単なる装備計画の見直しというレベルを超え、米陸軍航空ドクトリンの歴史的な転換点を示している。冷戦時代から連綿と続いてきた「ヘリコプター中心の陸軍航空部隊」という概念は、いま、まさに「ポスト・ヘリコプター時代」の入り口に立っているのである。
