

「なぜ海兵隊ではなく、陸軍が揚陸艇を?」そう首をかしげる読者も多いかもしれない。だが実は、米陸軍は歴史的に多数の船艇を運用する「隠れた海上輸送機関」でもある。その米陸軍がいま、インド太平洋の戦場を一変させかねない新型高速揚陸艇の配備を進めている。それがMSV(L)(Maneuver Support Vessel (Light):機動支援艇・軽)だ。
単なる物資運搬ボートではない。30ノットを超える高速性能と、ドック不要の浅喫水設計を誇り、重戦車やHIMARS(高機動ロケット砲システム)を乗せて島々を疾走する、いわば「海上版の重装甲高速トラック」である。なぜ今、米陸軍はこの「小さな船」に情熱を注ぐのか。その背景と運用能力を読み解く。
50年前の老兵「LCM-8」の限界と世代交代
MSV(L)開発の直接の引き金となったのは、半世紀以上にわたり米陸軍の海上輸送を支えてきた老舗揚陸艇「LCM-8(通称:マイック・ボート)」の限界だ。ベトナム戦争時代に登場したLCM-8は頼もしい船だったが、現代の陸戦装備の「巨大化・重量化」には抗えなかった。特に、最新の防御性能を備えた主力戦車M1A2 SEPv3エイブラムスは重量が70トンを超え、LCM-8の積載上限(約60トン)をオーバーしてしまう。「重戦車を砂浜に直接降ろせる小型艇がない」。この致命的なギャップを埋めるべく誕生したのがMSV(L)だ。


- 全長:117フィート(約35.7m)
- 乗員:わずか8名の陸軍兵士
- 最高速度:空載時30ノット(約55km/h)以上 / 満載時21ノット以上
- 航続距離:満載状態で約360海里(約667km)
- 最大積載量:約74.4トン
最大積載量「74トン」という数字は伊達ではない。重量級のM1エイブラムス戦車なら1両、ストライカー装甲車なら2両、JLTV(統合軽戦術車両)なら4両を丸ごと飲み込む。推進系にはウォータージェットを採用しており、浅瀬でもスクリューを損壊させることなく未整備の砂浜へ進入可能だ。
敵のミサイル網を突破する「浅海域の機動コネクター」
MSV(L)の真価は、単なるスピードや積載力ではなく「巨大な港や整備されたドックを必要としないこと」にある。中国などを仮想敵としたインド太平洋戦域において、水深の深い大規模港湾や巨大な飛行場は、敵の長距離精密ミサイル攻撃(A2/AD:対介入・領域拒否戦略)の格好の標的となる。港湾施設が壊滅すれば、数万トン級の大型輸送艦は立ち往生してしまう。しかし、喫水の浅いMSV(L)なら話は別だ。
- 破壊された港湾の隙間
- 内陸の河川・水路
- 水深の浅いサンゴ礁の島々や未整備の自然海岸
これら「敵が予想もしない場所」から陸軍部隊をサッと陸揚げし、即座に撤収させることができる。「港が使えないなら、あらゆる海岸を港にすればいい」というわけだ。米陸軍はこのMSV(L)を、広大な海域で部隊を俊敏に分散・集結させるための高機動「コネクター(結合艇)」と位置付けている。
2026年、HIMARSと合体した「海のヒット&アウェイ」
このMSV(L)がもたらす新しい戦い方を示したのが、2026年2月にハワイで行われた実働演習「LORAIN(沿岸急速浸透)」だ。試作艇(MSV(L)-01)を用いたこの試験では、HIMARS発射機をMSV(L)に積載し、未整備の海岸へ直接投入する運用が検証された。これまではC-130輸送機などで滑走路へ送り込む「HI-RAIN(HIMARS Rapid Infiltration)」が定番だったが、滑走路が壊滅した島嶼部ではMSV(L)がその役割を代替する。
- MSV(L)でHIMARSを無名の砂浜へ密かに揚陸
- 射撃位置へ移動し、長距離精密ロケット弾を発射
- 直ちにMSV(L)へ収容し、別の島へ高速離脱
敵からすれば、いつ、どの島の、どの砂浜からHIMARSが襲いかかってくるか予測不可能になる。まさに「海のシュート・アンド・スクート(撃っては逃げる)」の実現だ。さらに2026年3月には、船上にコンテナ型医療ユニットを設置した沿岸医療支援(Role 2医療)の訓練も実施。車両輸送にとどまらない、島嶼部救護プラットフォームとしての柔軟性も見せつけた。
量産型「クレーニー・アイランド」進水、実用化のフェーズへ


MSV(L)はもはや実験兵器ではない。2022年に進水した試作艇「SSGエルロイ・F・ウェルズ(MSV(L)-01)」による試験を経て、2026年8月11日には量産初号艇となるMSV(L)-02「クレーニー・アイランド(Craney Island)」がワシントン州バンクーバーで進水を果たした。米陸軍にとって約30年ぶりとなる本格的な水上艦艇の大規模調達であり、老朽化したLCM-8からの世代交代はいよいよ現実のものとなった。調達計画数は当初構想の36隻規模から予算や運用の再整理により段階的な取得計画へと変更されているものの、陸軍の「海洋シフト」を象徴する主力アセットであることに変わりはない。
「港を奪う」から「港に頼らない」時代へ
従来の揚陸作戦といえば、ノルマンディーや硫黄島のように「大型艦艇から大部隊が海岸へ押し寄せる」イメージが強かった。しかし、MSV(L)が描くのはまったく異なる未来の戦場だ。小さな艇で、小さな部隊を、あらゆる海岸から潜り込ませる。見つかりそうになれば別の島へ逃げる。
「どこからでも戦車やロケット砲が出現する」という予測不能な脅威を敵に突きつけることこそが、この8人乗り小型揚陸艇の本当の恐ろしさなのである。インド太平洋という広大な「海の戦場」において、米陸軍のこの小さな高速トラックは、間違いなくゲームチェンジャーの一翼を担うことになるだろう。
