
ウクライナ軍は前線から離れた奥深くのロシア軍陣地を攻撃する上で必要不可欠な兵器だった米国から供与された弾道ミサイルATACMSを撃ち尽くし、備蓄はもうないと報道されている。トランプ政権になってから追加の軍事支援は発表されていないため、追加供給の見通しはなく、ウクライナ軍は窮地に立たされている。
AP通信の報道によると、米国当局者とウクライナ国防委員会の議員からの情報によれば、米国からウクライナに供与された陸軍戦術ミサイルシステム「MGM-140 ATACMS」が枯渇したという。当局者は匿名を条件に詳細を語っており、それによれば、米国が提供したATACMSは全部で40発未満しかなく、ウクライナは1月下旬にミサイルを使い果たしていたと述べた。前国防長官のロイド・オースティン氏を含む米国の国防高官らは、ATACMSの供給数は限られており、米国とNATO同盟国は戦闘ではATACMSよりも他の兵器の方が価値があると考えていることを明らかにしていた。
ATACMS
ATACMSはアメリカのHIMARSやMLRSといった自走ロケット砲システムから発射可能な最大射程300kmの弾道ミサイル。射程165kmのM39型、射程300kmのM-39A1型の2つのタイプがある。ATACMSは最大速度マッハ3(3700km/h)で飛行。弾頭には最大1000個の子爆弾が搭載、いわゆるクラスター弾になり、広範囲に一定のダメージを与える。これとは別により威力の高い、214kgの単一弾頭を搭載した射程270kmのM48型、射程300kmのM57型がある。
今後、供与の予定はなし
Mass Ukrainian MGM-140 ATACMS Tactical ballistic missile launch against Russian-occupied Crimea, reportedly this evening.
— OSINTtechnical (@Osinttechnical) June 23, 2024
Four M270 MLRSs fired 8 ATACMS in a quick salvo. pic.twitter.com/tnuptWuPZW
アメリカのバイデン政権は当初、ロシア領内を攻撃可能な長射程兵器は状況をエスカレートさせるとしてATACMSの供与をしぶっていた。しかし、イギリスやフランスが射程250kmの巡航ミサイルの供与に踏み切ったこともあり、バイデン大統領は2023年夏に供与を決定する。しかし、最初に供与されたのは射程165kmに制限されたM39型だった。最初に供与された数は12発未満とされ、2023年10月にウクライナ東部、ロシアの国境に近いロシア軍陣地への攻撃に少なくとも4発が使用された事が初めて確認される。その後、2024年2月に発表された総額3億ドルの軍事支援パッケージのもと射程300kmのM-39A1型の供与が始まる。ATACMSの価格は一発あたり150万ドル以上とされ、この時の軍事支援の内訳から、数十発が供与されたと推測されている。M39とM39A1の内訳は分かっていない。射程300kmのM39A1の供与が始まってから、ウクライナ軍によるクリミア半島への攻撃が激化。5月には港湾都市セバストポリのベルベク空軍基地に10発のATACMSが発射されたと報道されている。その後も継続的に攻撃を続け、滑走路、防空ミサイルシステム、レーダーなどを破壊し、クリミアの航空戦力、防空網を無力化した。
2024年11月にはバイデン政権はATACMSによるロシア領内への越境攻撃を許可。同月に早速、ウクライナ軍はロシア西部ブリャンスクに対し、ATACMSで攻撃を行った事が確認されている。ロシア側はこの時、少なくとも6発のATACMSが発射されたと主張している。また、クルスク州にあったS-400防空ミサイルシステムをATACMSで破壊している。ただ、ATACMSの供与は2024年2月の軍事支援パッケージ以降発表されていない。バイデン大統領は退任前の2025年1月に総額5億ドルの軍事支援パッケージを発表しているが、この中にATACMSが含まれているのかは不明だ。トランプ政権になってからはウクライナへの新たな軍事支援パッケージは発表されていない。今年1月には、ATACMSの在庫が尽きていた事を考えれば、残りの軍事支援の中身にもATACMSが含まれていない可能性が高い。ATACMSはその射程でロシア軍陣地深くの拠点を攻撃。防空システムでも完全に防ぎきることは難しく、ロシア軍の防空部隊や兵站拠点を後方に追いやっていたが、ATACMSが無いとなれば、ロシア軍はこれらを前線に近づける事が可能になる。もちろん、ATACMSが無いというのは相手を油断させるウクライナ側の情報戦の一環の可能性もある。どちらにせよ、バイデン政権時の支援もいつ尽きるか分からず、ウクライナが戦闘を継続するには新たな軍事支援が必要だ。