

ポーランド国防省は11月26日、老朽化したソ連時代のキロ級潜水艦の後継として、スウェーデンのSaab社が開発する次世代潜水艦「A26(ブレーキンゲ級)」を調達する方針を正式に決定した。スウェーデン政府もこれを承認し、両国間で正式締結に向けた協議を開始すると発表した。今回の選定は、長年停滞していたポーランド海軍の潜水艦更新計画「Orka(オルカ)計画」に大きな進展をもたらすものだ。A26は現時点で3隻の調達が予定されており、契約が最終化すれば、ポーランド海軍は数十年ぶりに本格的な潜水艦戦力の再建へ舵を切ることになる。
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— Saab (@Saab) December 7, 2017
ポーランド海軍が現在運用する唯一の潜水艦は、1986年就役のソ連設計「キロ級(ORP Orzeł)」。老朽化は深刻で、維持整備コストの増大、ウクライナ侵攻で完全に決別したロシアからの部品入手が不可能な事から、運用継続には限界が指摘されてきた。さらにロシアによる海底インフラ攻撃の可能性が高まる中、バルト海における情報収集・抑止任務を担う潜水艦戦力の整備は急務とされていた。こうした背景から、ポーランド政府はフランスのNaval Group、ドイツのthyssenKrupp Marine Systems、イタリアのFincantieri、韓国のHanwha Ocean、スペインのNavantiaの複数国から潜水艦提案を受けてきたが、政治・技術・地理的要因の面でスウェーデンが決定的となった。
A26選定の背景には、次の複数の要素がある。
① バルト海向けに最適化された静粛性・ステルス性能
浅海が多く複雑な音響環境を持つバルト海では、高度な静粛性が不可欠。A26は磁気・音響・赤外線・電磁など多面的なシグネチャ低減を徹底した最新設計で、特に「静音潜航性能」で高い評価を得ている。
② AIP推進による長時間潜航能力
スターリングエンジンを利用したAIP(非大気依存推進)を採用しており、浮上せず数週間規模の潜航が可能。これは旧式のキロ級とは比較にならない戦力向上を意味する。
③ 情報戦・特殊作戦に対応する柔軟な設計
A26は単なる対艦・対潜用潜水艦ではなく、特殊部隊の投入、機雷敷設、UUV(無人潜水機)運用など多用途任務を想定した「モジュール設計」を採用。海底ケーブルの監視や妨害への対応など、近年重要性が増す“海底戦”にも適合する。
④ スウェーデンとの戦略的提携
欧州内で安全保障協力を拡大する狙いもあり、長期的な整備体制・産業協力でスウェーデンとのパートナーシップを築ける点が評価された。またバルト海を挟んで対岸にある地理的関係から、サポートも受けやすく、港湾施設の利用、共同訓練が容易な点も大きいとされる。
A-26は通常型潜水艦になり、空気を動力源としない3基のスターリングエンジンを搭載。静穏性に優れ、18日間以上潜水状態での活動が可能だ。排水量2,000t級、全長約66mとアメリカやロシアの原潜に比べると3分の1のサイズしかないが、平均水深約60mのバルト海においては非常に適したサイズになっている。乗員は26名で、特殊部隊や追加乗客を含め最大35名を乗せることができる。また、ユニークな設計として、A-26の船首にはマルチミッションポータルと呼ばれる直径1.5メートルの潜水ロックがある。ここから、水中ドローンやダイバーグループが出入りでき、海底におけるパイプラインやその他の重要インフラの防衛や破壊を含む海底戦闘を可能にする。兵装は533mm魚雷発射管のみだが、オプションでトマホーク巡航ミサイル発射可能な垂直発射システム(VLS)ユニットを搭載することができる。
A26の建造計画は現状、スウェーデン海軍向けが遅延しており、ポーランド向けの初号艦が2030年頃までに配備されるかは不透明との指摘もある。スウェーデンは2015年にA-26潜水艦2隻を86億スウェーデンクローナ(9億300万ドル)で発注し、最初の1隻の納入は2023年に予定されていたが、コスト増加と大幅な遅延に見舞われ、最初の納入は2031年と見込まれている。また、長年、ポーランド海軍の潜水艦は1980年代に就役した現在のキロ級1隻の単艦体制だったこともあり、3艦体制となると潜水艦乗員や整備要員の育成というハードルもあり、新しい潜水艦戦力を機能させるには時間を要すると見られている。
ロシアの軍事活動が活発化し、海底インフラ攻撃のリスクが増す中、A26導入はポーランドの海洋防衛力を飛躍的に高める決定と言える。スウェーデン・フィンランドのNATO加盟により、バルト海は事実上“NATOの内海”となりつつある。そこにA26が加わることで、域内の抑止力と情報戦能力は大幅に向上する見通しになり、ロシア海軍潜水艦部隊はNATOの目を掻い潜って、バルト海を通過する事は難しくなる。A26の導入決定は、長年停滞してきたポーランドの潜水艦戦力整備に大きな転機をもたらした。老朽化したキロ級の代替だけではなく、今後数十年にわたってバルト海の安全保障環境を左右する新たな戦略装備となる。
