

ロシアの主要航空機製造企業であるタガンログ航空科学技術複合施設(TANTK ベリエフ)が、2025年の決算で純損失50億ルーブル超(約 65 百万ドル)を計上したことが、企業の財務報告で明らかになった。これは、前年度の11.9億ルーブルの黒字から一転した大幅な赤字であり、ロシアの軍需産業、特に戦略的航空機部門の業績悪化を明確に示している。
財務状況の急激な悪化


公開された財務資料は、同社の事業基盤が急速に不安定化している状況を浮き彫りにした。2025年の売上高は前年度比で約3.8倍も減少し、38億ルーブルにまで落ち込んだ。コスト削減努力はあったものの、売上減少の勢いを吸収しきれず、売上総利益はわずか 2,400万ルーブルに留まった結果、営業損失は約12.4億ルーブルに膨らんだ。同時に、債権者への負債(債務総額)は 240億ルーブルから270億ルーブルへと増加傾向にある。特筆すべきは、売掛金(未回収債権)が約210億ルーブルから100億ルーブルへと急激に縮小している点だ。これは、大規模な顧客(主にロシア国防省)からの一見、資金を回収できているように見えるが、新規の受注が無い、または契約内容の見直しが進んでいる可能性を示唆しており、同社の資金繰りの悪化が極めて深刻であることを明確に物語っている。
損失拡大の主要因
TANTK ベリエフの損失拡大には、ウクライナ戦争に伴う複数の複合的な要因が重なっているとみられる。
1. 戦時下での生産・修理阻害:工場への直接的攻撃
ベリエフは、戦略的航空機の開発、生産、修理を担うロシア航空産業の最重要拠点のひとつである。しかし、ウクライナ戦争の直接的な影響が同社の業績に致命的な打撃を与えた。
- 攻撃による施設被害: 複数の報道によれば、同社が所在するタガンログの工場は、ウクライナ軍によるドローンや巡航ミサイル攻撃の標的となっており、設備や試験機が被害を受けたと指摘されている。
- 戦略的資産の損失: これらの攻撃により、極めて希少価値が高い実験機やプロトタイプが損害を被ったと報じられている。特に、A-60 空中レーザー実験機や、ロシアの次世代早期警戒管制機(AWACS)であるA-100 の試験機が攻撃で失われた、または重大な損傷を負った可能性が証言されている。
- 生産遅延: こうした攻撃と被害は、製造ラインや高精度な試験設備の稼働を遅延・停止させ、結果として生産数の低下、主要顧客(軍)との納期調整の困難化に直結した。
2. 西側制裁と供給網の圧力
地政学的リスクの高まりと国際的な圧力も、同社の運営を圧迫している。
- 精密部品の調達難: ベリエフは、米国、EU、日本、カナダ、スイス、ニュージーランドなど、主要な技術先進国からの制裁措置の対象となっている。同社が航空機に不可欠な精密部品、高度な電子機器、海外調達コンポーネントの入手が極めて困難になったことで、生産性の低下と遅延が発生している。
- サプライチェーンの脆弱化: 制裁と相まって、ロシア国内のサプライチェーン全体も継続的な圧力を受けており、代替調達コストの上昇や品質の低下が長期的な生産効率を悪化させている。これは、高度なミッション航空機の信頼性に直接的な影響を及ぼすリスクがある。
3. 債務と売掛金の不均衡と資金繰り悪化
売上高が大幅に減少するにもかかわらず、銀行借入れを含む債務は増加傾向にある。売掛金の急激な減少は、契約上の支払い条件の悪化や、主要な発注元である軍・政府部門からの支払い停滞を示唆しており、これが運転資金の逼迫と資金繰りの悪化に拍車をかけている。
同社が手がける主力機体
TANTK ベリエフは、ロシアの軍事・防衛航空機市場において、極めて特殊性・高度性の高い製品を担う企業として位置づけられており、その機能不全はロシア軍の戦略能力に直結する。
A-50 / A-50U 早期警戒管制機(AWACS)


ロシア空軍の空中監視・制御の要となる戦略的資産。Il-76 輸送機をベースとし、広域の空域監視、戦闘機・防空システムとの連携を行う。NATO の AWACS に相当し、近年のウクライナ側攻撃で複数機が損傷・喪失したとされる。
A-100 プレミアム AWACS
A-50 の後継機として開発が進む次世代早期警戒管制機。AESA(アクティブ電子走査アレイ)レーダーを搭載し、より広域かつ高精度の監視能力を持つと期待されている。
A-60 空中レーザー実験機


航空機搭載レーザー兵器の試験プラットフォームとして開発された特殊機。その技術的価値は極めて高いが、戦時中の攻撃により試験機が失われたとの報道は、先端兵器開発への影響を示唆する。
Be-200 水陸両用機
消火、救難、海上監視など、多用途に利用される水陸両用航空機。
戦略爆撃機・哨戒機の修理・近代化
Tu-95 戦略爆撃機や Tu-142 哨戒機といった既存の戦略機材の延命・性能維持のための近代化・修理も担当しており、同社の技術力はロシアの長期的な軍事能力維持に不可欠である。
国内軍需産業に陰り
TANTK ベリエフの純損失50億ルーブル超という事態は、単なる一企業の業績悪化に留まらない。これは、ロシア国内の軍需産業全体の基盤が揺らいでいる可能性を示すシグナルだ。ロシアの軍需産業は、ウクライナ侵略の長期化に伴う政府の戦費増大により、2024年から2025年にかけて売上高や生産量で高い水準を維持していたが、2025年末にかけて成長の息切れや、成長鈍化の兆候が見え始めている状況だ。戦費の増大により、2025年の財政赤字はGDP比2.6%に達し、2020年以降で最高水準の赤字見通しとなっている。人員、部品、資金が不足しており、軍需産業に陰りが見えている。制裁の継続、そして戦時下での生産施設への攻撃が続く限り、軍需企業の財務健全性の改善や正常化は極めて困難であり、ロシアの軍需産業にとって中長期的な課題として残ることになる。
