

2026年1月13日、イギリス国防省(MoD)は、陸軍の主力小銃であるSA80(Small Arms for the 1980s)シリーズの後継を選定するための、産業界への公式な情報提供要請(Industry Notice)を発行しました。この動きは「Project Grayburn」と名付けられた次世代小火器更新計画の第一段階にあたり、長年にわたって英軍歩兵の象徴であったSA80の退役が、国家の防衛戦略として確定した瞬間として受け止められています。
SA80は1980年代初頭に開発され、冷戦終結期から現在に至るまで、英国軍の基本的な歩兵装備の中核を担ってきました。しかし、設計から既に40年以上の歳月が経過し、現代の戦場環境の劇的な変化と、小火器技術の進歩を背景に、ついに本格的な世代交代の波が押し寄せています。
Project GRAYBURN: Defence replacement of SA80 family of rifles – Concept Stage
調達計画の概要:国内生産と産業基盤の重視
MoDが今回発行した業界通知は、単に外国製の最新ライフルを輸入・購入するというシンプルな計画ではありません。次世代ライフルの調達にあたっては、英国内での長期的な生産体制の確立と、防衛産業基盤の維持・強化が極めて重視されています。
- 契約期間と規模: 契約期間は2028年以降から2040年代までの長期にわたると想定されており、調達規模は概算で17万挺以上が見込まれています。これは、SA80の現役部隊全てを置き換えるに十分な数です。
- 「英国製」へのこだわり: 興味深い点として、MoDは完成品の単純輸入ではなく、英国国内での製造、組立、そして長期的な保守・修理体制の確立を強く求めています。これは、欧州連合離脱(Brexit)後の英国が推し進める防衛産業の自立政策とも完全に一致しており、小火器分野における国内雇用と技術力の蓄積を維持する明確な狙いがあります。次期小銃は、海外メーカーの設計に基づき、英国内でライセンス生産される方式が最も有力視されています。
5.56mmの継続か、新弾薬への移行か
新ライフル選定における最も重要な技術的検討事項の一つが、使用する弾薬の口径です。
- 弾薬の選択肢: 現行の5.56×45mm NATO弾の継続採用が第一の選択肢ですが、通知ではそれよりも優れた性能を持つ新弾薬の採用も検討に含まれています。
- 次世代弾薬の動向: 特に近年、アメリカ陸軍がXM7ライフル(6.8mm弾)の採用を決定するなど、世界的に注目されている6.5〜6.8mm級の次世代弾薬への移行も可能性として排除されていません。これは、ロシア・ウクライナ戦争における中距離交戦の増加や、防弾装備の高度化に対応するため、より高初速、高貫通力、そして精密射撃能力を備えた小銃の必要性が高まっていることの反映です。英国軍がNATO標準弾からの口径転換に踏み切るかどうかが、選定結果の大きな焦点となります。
失敗から実用へ、そして世代遅れへ
A Guardsman from 1st Battalion @JoinGrenadiers demonstrates the accuracy of the new SA80 A3 rifle during pre-deployment training pic.twitter.com/B4icnVG72G
— British Army 🇬🇧 (@BritishArmy) April 17, 2018
SA80ライフルは、その歴史において「失敗作」から「実用的な銃」へという、異例の変遷を辿ってきました。
- 開発と設計思想: SA80の調達計画は1970年代後半に、旧式化したFN FAL(L1A1)の後継として、自国開発・自国生産の最新小銃を目指して始動しました。その結果、ブルパップ方式(弾倉と機関部が引き金よりも後方にある構造)を採用したL85ライフルが誕生。これは銃身を長く保ちつつ全長を短くできるため、市街戦や機械化部隊との相性が良いという先進的な設計思想を持っていました。
- 初期型の深刻な欠陥(L85A1): 1985年から配備が始まった初期型L85A1は、作動不良、排莢不良、部品の早期摩耗、砂塵環境での信頼性の低さといった深刻な問題に悩まされました。湾岸戦争やバルカン半島での派遣時には、兵士から「撃てないライフル」として強い不満が出た記録も残されています。
- ドイツによる大規模改修(L85A2/A3): 英軍は制式小銃としては異例の大規模改修を余儀なくされ、2000年代初頭に当時英国BAE傘下にあったドイツのヘッケラー&コッホ(H&K)社が改修を担当しました。この結果、L85A2として信頼性は劇的に改善し、さらに2018年以降のL85A3へのアップグレードで、レールシステム、軽量化、光学照準器への対応が強化され、現在のSA80は「欠陥銃」という悪評から脱却し、「実用的な現代銃」へと再生した点は高く評価されています。
- 現代における限界: しかし、根本的な設計が1980年代のままであるため、解決できない多くの課題が残りました。総重量が約5kgと重いこと、左利きに対応した両利き(アンビ)システムを備えていないこと、モジュラー化や拡張性の制限といった問題です。他のNATO諸国がHK416、SCAR、MCXといった現代的なモジュラーライフルへ移行する中、SA80は「設計思想が一世代古い」という評価が定着しています。事実、英軍特殊部隊や一部空挺部隊では既にAR系ライフルへの切り替えが進んでおり、2023年9月にはナイツアーマメント社製のKS-1(英軍名:L403A1)の調達が発表されています。
結論として、SA80は開発初期は「失敗」でしたが、改修後は「十分実用」に達し、しかし現在は「世代遅れ」と見なされるに至ったという歴史を辿りました。


「Project Grayburn」における次期制式ライフルの具体的候補はまだ公式には発表されていませんが、世界的な主要メーカーが強い関心を示しているとされています。
- 有力な参入企業: ドイツのH&K、ベルギーのFN Herstal、スイスのSIG Sauer、イタリアのBerettaなど、欧米の主要な小火器メーカーが参入を検討していると見られています。
- 国内製造の制約: 英国は、小火器をゼロから新規開発する能力と、大規模な単独生産能力を失っているため、「英国国内生産」という条件を満たすためには、海外メーカーの設計を採用し、技術協力を得て国内でライセンス生産を行う方式が最も現実的かつ有力な選択肢となるでしょう。
- スケジュール: 選定結果の発表は2027年〜2028年頃と予測されており、SA80の完全退役と後継ライフルへの切り替え完了は、2030年代前半が視野に入っています。
SA80は、英国が「独自設計の国産制式小銃」を実現しようとした最後の試みでした。その理想は高かったものの、初期の失敗は産業基盤、設計経験、試験体制の不足に起因していました。それでも、改修を重ねながら40年間にわたり英国兵士の手に握られ続けた事実は、一つの成功体験とも言えます。そして今、英国は新たな時代のニーズに応えるべく、次世代の小銃を求めています。SA80の歴史は、終わりではなく「次の進化への起点」となり、次期制式ライフルがどの設計思想を採用するのかが、世界の小火器開発の動向に大きな影響を与えることになります。
