

アメリカ海軍が進める将来の洋上戦力を担う新たな小型水上戦闘艦計画、通称「FFX」(4000トン級フリゲート艦)に大きな方針転換がありました。当初は欧州設計の艦艇をベースにしたコンステレーション級フリゲート艦(7000トン級フリゲート艦)の建造を進めていましたが、キャンセルし、米沿岸警備隊(USCG)が運用するレジェンド級ナショナル・セキュリティ・カッター(NSC)をベースに建造する方針へと変わりました。


この大胆な方向転換の背景には、先行するフリゲート計画であるコンステレーション級フリゲート(FFG-62)が直面した深刻な問題があります。コンステレーション級は、イタリアとフランスが共同開発した実績あるFREMMフリゲートの設計を基に採用することで、コスト削減と建造スケジュールの短縮化を目指していました。しかし、その目論見は大きく外れます。
- 設計変更と重量増加: 海軍の追加要求や設計変更が積み重なった結果、船体重量が増加。
- システム統合の難航: 複雑な戦闘システムの統合に時間を要し、技術的な困難に直面。
- 建造途中の仕様変更: 設計完了前に建造を開始してしまったことで、途中で設計が修正されるたびに現場の作業がやり直しとなる「手戻り」が多発。
これらの要因が複合的に作用し、コンステレーション級は新規開発と変わらない状況に陥り、スケジュールとコストが大幅に悪化しました。この結果、「次世代主力フリゲート」としての役割を果たすことが困難であると判断され、20隻の建造予定は事実上中止。建造中だった2隻のみで打ち切られることとなりました。米海軍は、この失敗を教訓として、「次世代フリゲート構想」へと切り替え、よりシンプルで、すでに実績のある船型を最大限に活用する方向へと大きく舵を切ったのです。
レジェンド級カッター
Coast Guard Cutter Stone, a Legend-Class National Security Cutter currently under construction by Huntington Ingalls Industries Inc., recently transited across the shipyard to the dry dock, then launched. Stone is the 9th NSC built by Ingalls Shipbuilding.
— U.S. Coast Guard (@USCG) October 23, 2019
🎥: @HIIndustries pic.twitter.com/60wGre7pBL
新型FFXの基盤として白羽の矢が立ったのが、米国内で設計・建造され、沿岸警備隊で既に10隻以上が運用されているレジェンド級ナショナル・セキュリティ・カッターです。レジェンド級NSCは、沿岸警備隊が外洋での長期任務を想定して導入した大型巡視船です。
- 排水量: 約4600トン
- 全長: 約127メートル
- 高速性能: 28ノット以上(51.85km/h)
- 航続距離: 約1万2000海里(22,000km)
- 持続能力: 60日以上の連続行動が可能
推進方式には、燃費効率に優れたディーゼルと、高速航行を可能にするガスタービンを組み合わせたCODAG(Combined Diesel and Gas)方式を採用しています。また、MH-60級ヘリコプターの運用に対応できる広い飛行甲板と格納庫を備えており、洋上での高い汎用性を誇ります。レジェンド級の主な任務は沿岸地域の法執行、海上警備、対テロ任務であるため、兵装は57mm砲やCIWS(近接防御火器システム)など比較的軽装です。しかし、この船体が海軍の求めるFFXの基盤として評価された最大の理由は、将来的な軍艦化への余裕です。
- 構造的な余裕: 船体構造に大きな余剰(マージン)があり、追加の装備や重量増に対応可能。
- 電力・指揮管制能力: 将来的な戦闘システムの統合を見据えた、十分な電力供給能力と指揮管制システムの拡張余地がある。
FFXでの海軍仕様への改修と「実用艦」としての位置づけ
FFX計画では、この実績あるレジェンド級の船体を基盤としつつ、米海軍の作戦要求を満たすための戦闘システム統合が想定されています。予想される主要な改修内容
- 艦隊指揮統制システム(C4ISR)の搭載: 海軍のネットワーク中心の戦闘に対応するための高度な指揮管制能力の付与。
- 対空・対艦ミサイル運用能力の付与: 艦隊防御および洋上での戦闘能力を確保するための兵装の強化。
- 電子戦装置およびセンサー類の強化: 現代の複雑な電磁環境に対応するための電子戦(EW)能力と高度なレーダー・ソナーシステムの搭載。
- 垂直発射装置(VLS)の搭載可能性: 現時点では非公式ながら、16セル程度のVLSを搭載し、防空・対地攻撃ミサイルの運用能力を持たせる案が検討されています。
- 限定的な対潜戦(ASW)能力: 全面的なASW能力ではなく、艦隊護衛レベルの対潜能力を付与する構想も取り沙汰されています。
重要なのは、FFXが「高性能だが高価な万能艦」を目指すのではなく、比較的低コストで量産が可能な「実用艦」として明確に位置付けられている点です。目標コストは、キャンセルされたコンステレーション級が10億ドルを超えるとされていたのに対し、10億ドル未満を目指すと見込まれています。
米海軍がレジェンド級の設計を採用した最大の理由は、リスクの低さと計画の実現スピードにあります。
- 設計リスクの最小化: 既に15年以上の運用実績、10隻が建造され、成熟した国内設計の船体を使用することで、コンステレーション級で発生したような設計変更による技術的なトラブルや遅延を最小限に抑えられます。
- 確実な戦力整備: 短期間で確実に新造艦を就役させることが可能となり、失われた時間と信頼を取り戻す試金石となります。
- 国内造船基盤の維持: 全艦を米国内造船所で建造する計画であり、造船産業の基盤維持と雇用確保という政治的・経済的なメリットも非常に大きいと評価されています。
さらに、このFFX計画の背景には、中国海軍の急速な艦艇数増加という戦略的な脅威があります。米海軍は、従来の「一隻あたりの超高性能」を追求する姿勢から、「艦隊全体の数と展開能力」を重視する姿勢へと転換を図っています。現行の戦力計画では約73隻の小型水上戦闘艦が必要とされていますが、現状の保有数はその3分の1にも満たない状況です。FFXは、この艦艇数の不足という喫緊の課題を、低リスクかつ迅速に解決するための最適な存在と位置づけられています。一番艦は2028年に進水予定であり、その後は入札を通じて全米各地の造船所に発注される見込みです。
レジェンド級カッターをベースとする新型フリゲートFFXは、派手さはないかもしれませんが、コンステレーション級の失敗から学び、現実的な戦力としての価値を最優先した「実務艦(Workhorse)」として、今後の米海軍の艦隊構成と調達方針を大きく左右する存在となるでしょう。もしこの計画が予定通り成功すれば、米海軍の艦艇調達方針は、「野心的な設計」から「確実性重視」へと本格的に転換することになる可能性が高いです。
