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イスラム国掃討だけではない 米軍ナイジェリア空爆に複数の狙い

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2025年12月25日、アメリカは、ナイジェリア北西部に潜伏するとされたイスラム国(ISIS)系武装勢力の拠点に対し、精密空爆作戦を実施したと発表した。この軍事行動は、ナイジェリア連邦政府からの要請に基づき、米アフリカ軍司令部(AFRICOM)が作戦の主導を担った。標的とされたのは、武装勢力が使用する複数のキャンプや訓練施設であり、作戦は入念に計画されたものであったとされる。

空爆は、ギニア湾上に展開された海上プラットフォームから実行されたと報じられており、同時に、無人航空機MQ-9リーパーが投入され、精密誘導兵器計16発が発射された。後にAFRICOMは、この攻撃がナイジェリアのソコト州において、ナイジェリア軍との緊密な連携のもとで実施されたことを確認した。当初、攻撃は12月24日に予定されていたが、トランプ大統領は、テロリストへの「クリスマスプレゼント」とするため、意図的に1日延期したと述べている。トランプ政権が強調した

キリスト教徒迫害理由と国内政治

この空爆作戦の実行に際し、トランプ大統領は「ナイジェリアにおけるキリスト教徒への深刻な迫害」を主要な介入理由の一つとして特に強調した。しかし、軍事および国際政治の専門家の間では、今回の軍事行動の真の狙いは、単なる宗教的少数派の保護や、イスラム国残党の掃討に留まらない、より複雑な戦略的目的を内包しているとの見方が支配的である。

トランプ大統領がキリスト教徒迫害を前面に押し出した発言は、単なる現地情勢の説明を超え、強く米国内の政治情勢を意識したものであったと分析される。トランプ氏の主要な支持基盤には、福音派をはじめとする保守的なキリスト教徒層が存在する。国際的な舞台で迫害されるキリスト教徒を「アメリカが守る」という構図は、この支持層に対し極めて強力に訴求するメッセージであり、「伝統的価値観を守るアメリカ」という姿勢を再確認させる効果をもたらした。さらに、国際社会に対しては、この軍事介入が単なる一方的な軍事力行使ではなく、「人道的正当性」に基づいた行動であることを強調する利点も生じた。ただし、ナイジェリア国内の過激派による犠牲者の多くはムスリムであり、キリスト教徒迫害のみを空爆の根拠とするには、その客観的根拠に乏しいとの指摘も存在し、攻撃の背景には別の重要な動機があった可能性が指摘されている。

テロ対策としての合理性

ナイジェリアは長年にわたり、イスラム過激派組織ボコ・ハラムやイスラム国西アフリカ州(ISWAP)といった勢力の活動に苦しめられてきた。近年では、伝統的な活動地域であった北東部に加え、北西部でも治安が急速に悪化し、一般住民の虐殺、誘拐、そして宗教的少数派コミュニティへの組織的な攻撃が頻繁に発生している。米軍が空爆を実施したとされる地域は、これらの武装勢力が戦闘員や物資の訓練および補給の拠点として利用していた場所である。アメリカ側は、今回の作戦目的を「テロ組織の作戦能力を低下させ、地域の安定を支援すること」にあると説明している。この点においては、地域の安全保障を脅かすテロ組織の活動を抑制するための対テロ作戦として、一定の軍事的・戦略的な合理性があることは事実である。

西アフリカにおける影響力回復

今回の空爆は、より広範な地政学的文脈、特に西アフリカにおけるアメリカの影響力回復という観点からも分析できる。近年、アフリカ大陸においては、中国とロシアの存在感が急速に拡大している。中国は大規模なインフラ投資や武器輸出を通じて経済的・政治的影響力を強め、ロシアは特に民間軍事会社(PMC)を通じて治安・軍事分野への関与を深めてきた。これに対し、アメリカはエジプトやモロッコなど北アフリカの一部に友好国を抱えるものの、サハラ以南、特に西アフリカにおける影響力低下が指摘されてきた。ナイジェリアは、アフリカ最大の人口と経済規模を誇る地域大国であり、西アフリカ全体の政治的・安全保障的安定に不可欠な国である。このタイミングでの空爆は、ナイジェリア政府との長期的な軍事協力関係を国際的に可視化し、アメリカが依然として地域の安全保障における主要なプレーヤーであることを明確に示す戦略的な狙いがあったとみられる。

アフリカの”イスラム国化阻止”という先制戦略

シリアやイラクといった中東を主な活動拠点としていたイスラム国(ISIS)は、アメリカ主導の国際掃討作戦により組織的に大打撃を受けた後、活動の重心をアフリカ大陸へと急速に移し始めている。西アフリカ、ソマリア、モザンビークなどは、イスラム国にとって新たな潜在的拠点候補と見なされており、実際に資金や戦闘員の流入が確認されている。アメリカをはじめとする欧米諸国にとって、これらの地域でイスラム国が再び国際的なテロ組織として再生し、戦闘能力を回復させることは、欧米本土へのテロの脅威復活を意味する。ナイジェリアでの精密空爆は、このようなアフリカの”イスラム国化”の動きを、初期段階で封じ込めるための「先制的対テロ戦略」の一環として位置づけられる。これは、脅威が本格化する前に、その芽を摘み取るという積極的な防衛戦略に基づいている。

アメリカによるナイジェリア空爆は、表向きにはイスラム国掃討作戦であり、トランプ大統領の強調したキリスト教徒迫害への対応という側面も持つ。しかし、その実態は、西アフリカ地域でのアメリカの影響力回復イスラム国のアフリカ再拠点化を阻止するための戦略、そして地域の同盟国であるナイジェリア政府への支援を明確にする配慮、といった複数の政治的・軍事的な目的が複雑に重なり合った、多層的な行動と見なすのが妥当である。ただし、この一方的な攻撃は、ナイジェリア国内において国家主権の侵害に対する懸念を引き起こしたという側面も見過ごせない。また、作戦による具体的なテロ組織の戦果(破壊された拠点数や無力化された戦闘員数)についても、依然として不透明な部分が残されている。

今回の空爆は、単発的な対テロ作戦に留まるものではなく、トランプ政権下におけるアメリカの対アフリカ政策、さらには今後の国際安全保障の方向性を示す、象徴的な出来事の一つであったと言えるだろう。

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