MENU
カテゴリー

米軍、イラン深部で撃墜乗員を奪還 C-130輸送機2機を自爆破壊した極限救出の全貌

  • URLをコピーしました!
USAF

米軍がイラン領内の敵地深くで撃墜されたF-15E Strike Eagleの兵器システム士官(WSO)を救出した作戦の詳細が、時間経過と共に明らかになってきている。これは単なる遭難者救助任務ではなかった。初期のCSAR(戦闘捜索救難)試みが敵の強固な包囲網によって頓挫した後、米軍は特殊部隊約200人規模を投入した大規模な戦闘作戦へと移行した。この作戦は、イラン領内への秘密侵入、最前線となる滑走路の設営、そして敵への鹵獲を防ぐための輸送機の現地自爆破壊、さらには激しい交戦を伴うという、極めて異例で危険度の高いものであった。軍事専門家の間では早くも、「現代の戦闘捜索救難史において最も困難な作戦の一つ」として評価が定まりつつある。

作戦の発端:F-15E撃墜とWSOの孤立

全ての始まりは、米空軍のF-15E Strike Eagleがイラン領内で何らかの要因で撃墜された事件である。機体に搭乗していた操縦士と兵器システム士官(WSO)の2名は、機体から緊急脱出に成功した。しかし、問題はWSOがイラン領内の奥深く、山岳地帯に孤立したことにあった。パイロットは比較的早期に安全な場所へ脱出あるいは救出されたものの、WSOは足首を骨折するという重傷を負いながら、約36時間にわたり、敵地での逃避行動を余儀なくされた。この間、イラン革命防衛隊(IRGC)や、高額な懸賞金を狙う地元武装勢力、さらには地元住民らによって、周辺一帯は厳重に封鎖されており、WSOは捕獲される寸前の極限状態にあったとされている。

通常CSARの限界

米軍は、まず標準的なCSAR手順に基づき、HC-130Jコンバット・キングII輸送機やHH-60Gぺイブホークといった救難専用機と部隊を投入してWSOの捜索を開始した。WSOは、イラン側の電子的な探知を避けつつ、限られた時間の中で自身の正確な位置座標を送信し続けた。この位置情報を頼りに、空軍パラレスキュー(PJ:Pararescue Jumper)や空軍特殊戦部隊が救出を試みた。しかし、現地の情報と偵察の結果、IRGCを中心とする敵側の包囲網は想定を遥かに超えて強固であり、通常の装備と戦術によるCSARではWSOの安全な回収は極めて困難であると判断された。この時点で、作戦は「救難」から「特殊作戦」への質的な転換を迫られることになる。

特殊部隊による本格侵入と大規模作戦

状況を打開するため、米軍はより大規模かつ高度な特殊作戦部隊の投入を決断した。投入された部隊として確認されているのは、米海軍特殊部隊の中でも精鋭中の精鋭であるSEAL Team 6(DEVGRU:Naval Special Warfare Development Group)である。さらに、作戦の性質と規模から、米陸軍のデルタフォース(Delta Force:1st Special Forces Operational Detachment-Delta)の関与も強く疑われているが、現時点では公式な確認には至っていない。航空支援は、米陸軍のヘリコプター特殊部隊である「第160特殊作戦航空連隊」(160th SOAR “Night Stalkers”)が担当した可能性が極めて高い。彼らが運用するMH/AH-6リトルバードが、作戦の「肝」となる浸透と回収を担当したと見られている。この特殊部隊の投入により、作戦は名実ともに、極めて秘匿性の高い「特殊作戦」へと変貌した。

CIA主導の情報欺瞞作戦

今回の救出作戦において、特に特筆すべきはCIA(中央情報局)が主導した情報戦、すなわち「欺瞞作戦」である。CIAは、WSOがすでに特殊部隊によって救出され、国外へ脱出するために地上を移動中であるという偽情報を意図的にイラン国内の情報網に流布した。この精緻に練られた偽情報が功を奏し、IRGCの捜索部隊は分散、WSOを包囲していたはずの包囲網が一時的に崩壊した。これにより、救出予定地点周辺の敵勢力の圧力が劇的に低下し、特殊部隊の突入窓が生まれたと分析されている。この情報欺瞞作戦は、現代の非正規戦や特殊作戦における情報戦の重要性を示す、典型的な成功例として注目を集めている。

前進滑走路作戦と輸送機の喪失という代償

作戦の中で最も衝撃的で、その危険度を物語る出来事が、輸送機の喪失である。特殊作戦部隊は、WSOを回収するための前哨基地として、イラン領内、具体的にはイスファハン市郊外の奥深くに「前進滑走路」を極秘裏に設営した。この情報から、WSOがイラン領のいかに深部にいたかが判明する。前哨基地から、特殊作戦地上部隊を乗せた第160SOARのMH/AH-6リトルバードなどのヘリコプターが発進し、山腹に潜伏していたWSOを発見し、無事に救助した。しかし、作戦の成功直後、前哨基地に戻った際に悲劇が起こった。特殊作戦用輸送機であるC-130ハーキュリーズ系列の機体、少なくとも2機が、設営されたばかりの砂地の簡易滑走路にはまり込み、離陸不能という致命的な状況に陥ったのである。

敵に機密性の高い特殊作戦用機体を鹵獲されることを防ぐため、現場指揮官は苦渋の決断を下し、この2機の輸送機をその場で自爆破壊した。これは、作戦がまさに極限状態、一刻を争う状況で実施されたことを示す重大な出来事である。しかし、特筆すべきは現場指揮官の冷静な判断力である。この危機的な状況下でも、彼は躊躇することなく、回収と増援のために新たな輸送機3機を直ちに呼び寄せた。複数の報道や非公式情報によれば、この作戦中に少なくとも1機以上のヘリコプターが敵からの攻撃で被弾し、使用不能となった機体が存在したとされている。関与が指摘されているのは、WSOの回収を担当した第160特殊作戦航空連隊のMH/AH-6 Little Birdである。輸送機の損失により、帰還が不可能となった被弾ヘリが、敵に発見されるのを避けるために現地で遺棄された可能性も指摘されている。

さらに、現地周辺からの目撃情報として、米空軍第427特殊作戦飛行隊所属のC-295W特殊輸送機が作戦に参加していた可能性が有力視されている。このC-295Wは、標準的な輸送機よりも優れた短距離離着陸(STOL)能力、そして小規模な特殊部隊の迅速かつ秘密裏な浸透・輸送能力を持つ機体として知られており、今回の敵地深部への侵入作戦に適していたと考えられる。

救出地点での激しい戦闘

WSOの救出地点およびその周辺では、IRGC部隊との激しい交戦が発生した。この戦闘は、米軍側が一方的に制圧したわけではなく、緊迫した状況下で行われた。無人機による偵察・陽動、A-10サンダーボルトIIなどの航空機による近接航空支援(CAS)、そして特殊部隊による地上突入が同時に行われるという、複合的な戦闘が展開されたとされる。米側の死者は確認されていないものの、複数の特殊部隊員に負傷者が出た可能性が指摘されている。一方、イラン側には複数の死傷者が出たとみられている。

今回の救出作戦に投入された特殊部隊の総数は、現在の分析で約200人規模と推定されている。これは、通常のCSAR任務としては極めて異例の規模であり、準地上戦闘作戦レベルに近い、大規模な軍事行動であったことを示している。軍事関係者による今回の作戦への評価は非常に高いが、同時にそのリスクの高さも強調されている。敵国深部への侵入、秘密の前進滑走路設営、精緻な情報欺瞞、そして複数機の航空機喪失という、極めて高リスクな要素を全て含んでいたからである。一部の軍事専門家の間では、1980年にイランで失敗に終わった大使館人質救出作戦「イーグルクロー作戦」以来、最も困難かつ危険な救出作戦であったとの見解も出始めている。

今回の戦闘捜索救難作戦は、最終的にはWSOを無事に救出するという「成功」を収めた。しかし、その裏側には、輸送機2機を喪失し、敵地での極めて危険な地上戦闘を伴うという、重大な代償とリスクがあった。たった一人のパイロットを救出するために、特殊部隊の隊員複数名が命を落とす可能性があった極限の作戦であった。軍事関係者の間では、「成功はしたが、紙一重の極限状態で成立した作戦」との見方が支配的である。この作戦は、今後、現代戦におけるCSARの新たな教科書的事例として、徹底的に研究されることになる可能性が高い。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!