

24日朝、タイ東北部の国境地帯で、タイとカンボジア両軍による大規模な武力衝突が発生しました。この地域は長年にわたり領有権を巡る係争地となっており、両国間の緊張が続いていました。特に、5月にカンボジア兵1名が死亡した衝突。今回の衝突の前日である23日には、タイ軍兵士がカンボジア軍が設置したとされる地雷を踏み、重傷を負う事件が発生しており、国境付近の状況は極めて緊迫していました。
衝突は、カンボジア軍がタイに向けてロケット弾による無差別砲撃を開始したことで激化しました。砲弾は国境付近の民間地域にも着弾し、甚大な被害をもたらしました。タイ側の発表によると、この攻撃により子供を含む少なくとも14人が死亡し、そのうち13人が民間人であったとされています。今回の衝突について、タイとカンボジアは共に相手側が先に攻撃を開始したと主張しています。カンボジアの攻撃を受け、タイ軍はF-16戦闘機を出撃させ、国境周辺のカンボジア軍施設を空爆しました。カンボジア側の被害状況は現在のところ不明です。この武力衝突は、両国間の長年の領土問題が依然として解決されていないことを浮き彫りにしました。
プレア・ヴィヒア寺院とは
タイとカンボジア間の長年の国境紛争は、特にプレア・ヴィヒア寺院周辺の領有権を巡る問題が核心にあります。この寺院は、タイの東部、カンボジアの北西部に位置する国境付近の山上に築かれた11世紀のヒンドゥー教寺院で、両国が自国の領土であると主張し続けてきました。
歴史的背景と国際司法裁判所の裁定
1962年、国際司法裁判所(ICJ)は、プレア・ヴィヒア寺院自体はカンボジア領であるとの判決を下しました。しかし、この裁定は寺院周辺の国境線を明確にせず、領有権問題の完全な解決には至りませんでした。その後も、この曖昧さが火種となり、両国間の緊張は度々高まることになります。
2008年の武力衝突
2008年、カンボジアがプレア・ヴィヒア寺院をユネスコ世界遺産に登録しようとした際、タイ国内では「領土侵害である」との強い反発が生じました。これを受けてタイ軍は国境周辺に部隊を派遣し、カンボジアも対抗して軍を配備。2008年7月頃から両軍が対峙状態となり、一触即発の状況から武力衝突へと発展しました。銃撃戦や砲撃戦が繰り広げられ、双方に死傷者が出たものの、両国は互いに相手が先に攻撃を仕掛けたと主張し、責任の所在は曖昧なままでした。この散発的な武力衝突は2011年まで続き、地域情勢を不安定化させました。
2013年には、ICJが再度裁定を下し、寺院の周囲の一部地域もカンボジア領と認定しました。しかし、タイ側はこの裁定にも依然として納得しておらず、今回の武力衝突が示すように、問題は解決には程遠い状況です。
根深い不信感とナショナリズムの対立
プレア・ヴィヒア寺院の領有を巡る問題は、単なる国境紛争に留まらず、両国の歴史的、文化的な背景に根ざした不信感とナショナリズムの対立が複雑に絡み合っています。カンボジア側では、「タイがクメール文化を盗んだ」「植民地主義的態度である」といった強い不満が根強く、タイ側では「本来の地図に基づけば自国領である」という認識が深く浸透しています。このような感情的な対立が、紛争を長期化させる要因となっています。
今年5月28日には、プレア・ヴィヒア寺院周辺で両国の軍隊による小規模な衝突が発生し、カンボジア兵1名が死亡するなど、緊張状態が続いていました。そして、7月初旬にはタイ兵3名が地雷により負傷する事態が発生しました。タイ軍はカンボジア側が地雷を設置したと非難しましたが、カンボジア側は「旧型の地雷が放置されていたもの」と反論し、以前から存在していた地雷が今回の衝突の引き金になったことを示唆しました。
政治利用の側面
今回の武力衝突には、両国の国内政治情勢が深く関係しているという指摘もあります。タイとカンボジアは共に、内政で政権の正統性が揺らぐ時期に、対外的な対立を煽ることで国内の支持を固めるという手法が用いられることがあります。プレア・ヴィヒア寺院問題は、国民のナショナリズムを刺激しやすく、政治的にも感情的にも利用されやすいテーマとなっています。
今回の武力衝突の直前には、タイのパーントーン・シナワトラ首相とカンボジアのフン・セン前首相との間で国境紛争を巡る通話内容が流出するという事件がありました。この通話でパーントーン首相がフン・セン氏を「おじさん」と呼び、タイ軍の司令官を批判したことがタイ国民の怒りを買い、国会では首相の解任を求める請願が提出される事態に発展しました。憲法裁判所はこの請願を審理しており、7月1日には首相に一時的な職務停止が命じられました。両国が国内の騒動で揺れる中、今回の武力衝突が発生したことは、その政治利用の可能性を示唆しています。この複雑な背景が、プレア・ヴィヒア寺院を巡る紛争をさらに泥沼化させていると言えるでしょう。国連やASEANなどの国際機関は、両国に対し即時停戦と事態の平和的解決を呼びかけています。
