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カナダがF-35を買わなければ北米防空はどうなる? 米国が警告する『NORAD見直し』の全貌

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NORAD

北米大陸の安全保障の中枢を担ってきた二国間軍事機構「NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)」が、いま静かに、そして根本的に揺さぶられている。その発端は、カナダ政府が主導するF-35A戦闘機88機導入計画の突然の見直しだ。この計画が縮小、あるいは最悪の場合キャンセルされることになれば、長年にわたり北米の空の安全を保障してきた米加の防衛協力体制は、運用の再構築を余儀なくされる。アメリカ政府高官や駐カナダ大使が相次いで発する警告は、これが単なる装備品の調達問題に留まらない、北米大陸全体の防空責任分担そのものを再定義する可能性を秘めた、安全保障上の重大局面であることを示唆している。

カナダ空軍が現在運用する主力戦闘機CF-18ホーネットは、1980年代に導入された機体であり、その耐用年数はすでに大幅に超過している。その後継機選定は、10年以上にわたる政界と国民の議論を経て、2022年にロッキード・マーティン社製の最新鋭ステルス戦闘機F-35Aを88機導入することで正式に決着した。最初の16機分の資金拠出は確定し、2026年以降の受領が予定されていた。しかし、2024年末から2025年にかけて、ジャスティン・トルドー政権下で「調達条件の再評価」が唐突に開始された。この動きの背景には、単一ではない複合的な要因が存在する。

  1. 調達・運用コストの大幅な上振れ:F-35計画全体に共通する問題として、初期調達費用だけでなく、機体寿命を通じての維持・運用コストが当初見込みを大きく超える可能性が指摘された。
  2. 生産遅延と納期不透明化:世界的なF-35の生産ラインにおける技術的課題と遅延が、カナダへの引き渡し時期の不透明さを増した。
  3. 国内産業への見返り(オフセット)不足:巨額の公的支出に見合うだけのカナダ国内での雇用創出や技術移転、サプライチェーンへの参画が限定的であるという産業政策上の強い批判が噴出した。
  4. 対米貿易・外交摩擦の高まり:特にトランプ政権時代から続く対米関係の微妙な緊張感も、安全保障上の「米国一辺倒」への再考を促す一因となった。

再浮上する代替案:グリペンの魅力と軍事的なジレンマ

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JAS39 Gripen ©Saab

これらの要因が重なり、政府はスウェーデン製SAAB社のJAS39グリペンE/F戦闘機の再検討に言及し始めた。グリペンは、F-35ほどの革新的なステルス性能は持たないものの、以下の点で政治的、財政的に魅力的な代替案となり得る。

  • 大幅な調達価格の安さ:初期投資を抑えることが可能。
  • 低運用・整備コスト:維持費がF-35より格段に安い。
  • 国内産業への貢献:SAAB社は「カナダ国内での機体組立」「現地サプライチェーンの構築」といった、雇用創出に直結する具体的な技術移転と産業協力の提案を行っており、これが国内政治的には大きなアドバンテージとなる。

しかし、軍事的な観点から見ると、グリペンへの転換はNORADの運用に深刻な問題を引き起こす。現在のNORADは、米空軍のF-22やF-35といった第5世代戦闘機と、カナダ空軍機が同一のデータリンク、同一の戦術ネットワークで統合運用されることを前提として設計されている。カナダが非ステルス機であるグリペンを主力に据えることは、以下の軍事的リスクを招く。

  • 共同迎撃時のセンサー共有能力の低下:ネットワーク内での情報共有の質と速度が落ちる。
  • 電子戦環境での生存性格差:高脅威度の空域でのカナダ軍機の生存性が低下し、作戦行動に制約が生じる。
  • 訓練・戦術統一の困難化:異なる世代・設計思想の機体が混在することで、共通の戦術を迅速に適用する能力が損なわれ、統合防空効率が著しく低下する。

アメリカ側が懸念するのは、北米防空のシームレスな統合運用体制が崩壊することだ。

「主導権は米国に移る」NORAD再編

この危機感は、米政府関係者の率直な発言に表れている。「もしカナダがF-35調達を縮小すれば、NORADの任務分担は変更せざるを得ない。米国はより多くの自国戦闘機を北方防空任務に投入する必要が出てくる」。これは、単に米加防衛協定を破棄するという意味ではなく、NORADの運用設計を根本的に再編することを意味する。具体的に想定されている「運用設計の再編」とは、実質的な防空負担の米国偏重化である。

  1. 米空軍戦闘機のカナダ空域常時展開増加:北極圏・アラスカ方面を含む北方防空の即応態勢を維持するため、米軍機がカナダ国内または隣接空域により頻繁に、あるいは常時展開する。
  2. カナダ側の即応迎撃任務(QRA)の縮小:カナダ軍の担う即応迎撃の役割を米軍が肩代わりする。
  3. 指揮統制システムの米主導化拡大:統合防空の指揮・管制(C2)システムにおいて、カナダ側の関与が相対的に低下し、米国の主導権が強化される。
  4. 情報監視資産(早期警戒レーダー・衛星)の再配置:北極圏における米国の監視・偵察能力の拡大に伴い、カナダの貢献度が低下する。

NORADは1958年の設立以来、「二国間(ビナショナル)のパートナーシップ」として、対等な関係に基づいて構築されてきた。司令官はアメリカ軍将官、副司令官はカナダ軍将官が務め、最高司令官は米加両国のトップに責任を負う体制だ。しかし、もしカナダが防空能力を十分に確保できなければ、「カナダが自前の盾を持たないなら、米国が肩代わりする。だが、その代わり主導権は米国に移る」という構図が現実のものとなり、カナダの防空主権は大きく制約されることになる。

厳しい安全保障環境とカナダの政治事情

NORADが監視対象を旧ソ連の爆撃機から、極超音速兵器、巡航ミサイル、無人機へと拡大する中、北米の防空環境は冷戦後最も厳しい局面にある。近年、ロシア戦略爆撃機の北極圏活動が増加し、中国の長距離爆撃機がアラスカ周辺に出現する事例も報告されており、北米防空網の「空白」は現実の脅威に直結する。このタイミングでカナダ側の戦闘機更新が遅滞することは、北米大陸全体の脆弱性につながる。一方、カナダ政府の背後には根深い政治的事情が存在する。

  • 国防予算の制約:他の政策分野との予算配分の競争の中で、巨額の戦闘機調達は国民的な合意を得にくい。
  • 国民生活優先圧力:物価高騰と生活費高騰の中で、軍備よりも国内の福祉やインフラへの支出を優先すべきという世論。
  • 米国依存への懐疑:トランプ政権への不信感や、安全保障面での「米国依存を減らすべき」というナショナリズム的な意見。

皮肉なことに、F-35の全面導入を見送ることは、むしろ防空能力の低下を招き、結果として米軍による「肩代わり」という形で安全保障上の米国依存を深めるという逆説的な結果をもたらす。

現時点で考えられるカナダの選択肢は以下の三つに大別される。

展開内容影響
① 計画通りF-35を全面導入88機調達を維持し、納期遅延を許容。NORADの現行体制維持。米加統合防空は安定。
② F-35を部分導入+グリペン混成運用F-35の機数を削減し、残りをグリペンで補完。一部任務は米国主導化。訓練・維持コスト増。統合効率低下。
③ F-35大幅削減またはキャンセルグリペンまたは他の非F-35機を主力化。米軍の北方常駐拡大。カナダの防空主権縮小。NORADの再編不可避。

現実的には、政治的・財政的な妥協点として、①と②の中間に落ち着く可能性が高い。しかし、いずれの選択肢を選んだとしても、「従来通りの対等なNORAD」は維持できなくなる可能性が高い。

この問題は、北米大陸に留まらずNATO全体にも波及する。NATOの同盟防空ネットワークは、F-35のような同一世代機による共通運用を前提に統合されつつあり、カナダだけが異なる体系を選べば、北極・大西洋における同盟防空の連結性が低下する。さらに、中国やロシアに対し、「北米防空は政治的に分裂している」との印象を与え、戦略的な隙を生みかねない。カナダのF-35調達見直しは、単なる装備選定の話ではなく、北米防空の負担配分、運用における主導権、そしてカナダの防空主権意識を根底から問い直す、安全保障構造そのものの再設計問題である。

アメリカが発する「NORAD見直し」という言葉の真意は、「カナダが防空責任を十全に果たせなければ、米国がそれを代行する。しかし、主導権は米国が握る」という、戦略的な含意に満ちたメッセージである。今後数か月間のオタワの決断は、北米大陸の空を「誰が」「どのような体制で」守るのかという、安全保障の根幹に関わる問題に直結することになる。

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