

現在、アメリカとベネズエラの間で軍事的な緊張が著しく高まっている。直接的な衝突のリスクも懸念される中、ベネズエラ軍が世界最強の軍事力を誇るアメリカに対していかに対抗しうるのか、その実態と戦力を詳細に分析する。
緊張の主要な引き金となっているのは、麻薬密輸問題である。トランプ政権は、麻薬密輸ルートの中継地とされるベネズエラ沖のカリブ海に、空母打撃群を含む強力な海軍戦力を派遣した。今年9月以降、アメリカ軍は「密輸船」と断定した船舶に対する攻撃を実施し、80人以上を殺害している。さらにアメリカは、麻薬密輸にベネズエラ政府自身が関与していると主張し、ニコラス・マドゥロ大統領の辞任を要求。これに応じなければ地上攻撃も辞さないという、極めて強い圧力をかけている。これに対し、マドゥロ大統領は猛烈に反発し、徹底的な対決姿勢を鮮明にしている。ベネズエラ軍は軍事演習を活発化させ、正規軍に加えて、450万人に上る民兵の動員を発表した。しかし、南米の中堅国に過ぎないベネズエラが、軍事大国アメリカに対抗し得るのか、その軍事力を冷静に評価する必要がある。
ベネズエラ軍の現状と構造的な問題点
ベネズエラ軍の現有戦力は、正規兵約12万3000人である。国際戦略研究所(IISS)のデータによれば、内訳は陸軍6万3000人、海軍2万5500人、空軍1万1500人、州兵2万3000人となっている。これに約8000人の予備役兵が加わる。さらに、マドゥロ大統領が動員を発表した450万人の民兵は、女性や高齢者も含む国民で構成され、軍事訓練を受けている様子が確認されている。しかし、これらの民兵が実戦においてどの程度の戦力になるかは極めて不透明である。
深刻な士気と整備の問題
ベネズエラ軍の最大の弱点は、近年続く国内の経済不況に起因する訓練、整備、補給水準の壊滅的な低下である。末端の正規兵の給与は100ドル以下という極めて低い水準に留まり、多くの兵士が生活に困窮している。このため、いざ戦争が始まった場合、多くの兵士が脱走する可能性が高いと推測されている。実際、近年の経済混乱、政情不安、生活物資の不足などを背景に、すでに770万人もの国民が国外へ亡命・避難している状況も、軍の士気の低さを裏付けている。
歪な指揮系統と忠誠心
CNNの報道によれば、ベネズエラ軍はその規模に比して、将軍・提督の数が2000人以上と異常に多い。これは、NATO全体の将官の数を上回り、規模が10倍の米軍の850人よりも遥かに多い数字である。マドゥロ政権は、軍幹部を政府の要職に就けることで、軍の支持と忠誠心を維持しようと腐心している。しかし、戦争が勃発した際に、政権への忠誠を保ち続けるのは、こうした厚遇を受けている軍幹部やエリート層に限定される可能性が高いと見られている。
陸軍 (Ejército Venezuela)
1999年に反米左派のチャベス政権が誕生するまでは親米国家であったため、陸軍はかつて多くの米国製や西側製兵器を保有していた。しかし、これらは大半が老朽化し、アメリカとの関係悪化によりサポートが受けられず、スペアパーツの入手も極めて困難な状況にある。
現在の陸軍の主力は、友好国ロシアから導入した兵器である。
- 主力戦車: T-72B1戦車 92両
- 歩兵戦闘車: BMP-3 123両
- 自走砲: 2S19 Msta-S自走砲 48両
- 多連装ロケット砲: 9A52 Smerch
しかし、現在戦争中のロシアからこれらの兵器の部品を入手することは容易ではないとされる。皮肉にも、1970年代にフランスから購入した81両の旧式AMX-30戦車のスペアパーツの方が、むしろ入手しやすいという話もある。ベネズエラ軍が公開する軍事演習映像の多くは、旧式の砲システムによるものが多く、保有兵器全体の稼働率は低いと推測される。
海軍 (Armada Bolivariana)
陸海空の中で最も脆弱と評価されているのが海軍である。主力艦艇の老朽化と整備不足が特に深刻である。
- 主力フリゲート艦: イタリア製 マリスカル・スクレ級フリゲート艦 1隻(1980年代初め就役)
- 潜水艦: ドイツ製 209型潜水艦 1隻(1970年代就役)
- 哨戒艦: スペイン製 グアイケリ級哨戒艦 3隻(2010年代就役)
主力艦の運用率は極めて低く、整備や燃料補給が制限されているとの報告が相次いでいる。また、有効な対空防衛システムを搭載していないという指摘もあり、アメリカ海軍の圧倒的な戦力に対しては無力に等しい。
空軍 (Aviación Militar Bolivariana)
陸海空三軍の中で、最も近代化されているのが空軍である。主力戦闘機は米国製のF-16A/Bと、ロシア製のSu-30MK2である。
- F-16A/B: 1980年代に24機導入されたが、米国との関係悪化によりサポートが途絶え、現在稼働できる機体は3機以下とされる。
- Su-30MK2: 2000年代に24機購入され、現在は事故による損耗を経て21機体制とされている。
Su-30MK2は、1990年代にロシアで開発された多用途戦闘機Su-30の改良型輸出モデルであり、対地・対艦攻撃能力と高い空戦能力を兼ね備えている。特に注目すべきは、ベネズエラ空軍がこのSu-30にKh-31対艦ミサイルを搭載して披露している点である。
Kh-31対艦ミサイルは、最大射程100km以上、最大飛翔速度マッハ4.5を誇る超音速ミサイルであり、アメリカ軍が最も警戒する兵器の一つである。僅か2機のSu-30から10発のKh-31を同時発射することが可能であり、米海軍の高度な防空網であっても、これを完全に防ぎきれる保証はない。これはベネズエラが持つ、数少ない「非対称的な対抗手段」の一つである。
防空システム (Sistema de Defensa Aérea)
ベネズエラの防空システムも、ロシア製兵器が中心である。
- 長距離防空ミサイル: S-300 12基(射程400km)
- 中距離防空ミサイル: Buk 9基(射程40km)
- 短距離防空ミサイル: S-125ペチョラ 44基(射程20km)
- 携行式防空ミサイル (MANPADS): Igla-S 5000発以上とされる。
これらの防空システムは、アメリカの有人機に対してはある程度の脅威となり得るが、訓練と整備不足の問題が稼働率と有効性を大きく損なう可能性がある。
ベネズエラの対米戦略と限界
トランプ政権は、現在のところ地上攻撃の目標を「麻薬カルテルの拠点のみ」と限定している。しかし、ベネズエラ側は主権侵害に対して弱腰を見せることはできないため、領空に進入してくる標的に対しては反撃を行う可能性が高い。しかし、正面からアメリカ軍とやり合っては、ベネズエラ軍は到底太刀打ちできない。そのため、軍事専門家は、ベネズエラが対抗し得るとすれば、ジャングルや市街地に米軍を誘い込み、民兵を含む勢力によるゲリラ戦を展開することしかないと見ている。長期にわたる治安維持戦に米軍を引きずり込むことが、ベネズエラにとっての唯一の勝機となり得る。
一方で、アメリカ軍は全面的な地上侵攻までは実施せず、無人機(ドローン)やステルス機による空からの精密攻撃に終始する可能性が高い。この場合、老朽化したベネズエラ軍のレーダーと防空システムは、これらの高度な航空兵器に対して極めて無力であるという致命的な弱点を抱えている。結論として、ベネズエラ軍は一部の高性能なロシア製兵器(特にSu-30とKh-31、S-300)を保有しているものの、全体としては深刻な経済的・構造的な問題を抱え、正規兵の士気や装備の稼働率が極めて低い状態にある。通常戦力ではアメリカに全く対抗できないため、限定的な非対称攻撃と、米軍が地上侵攻を行った場合のゲリラ戦に最後の望みを託すしかない状況である。
