

ウクライナ軍参謀本部はウクライナ軍の無人機がロシアのボルホフ半導体工場を攻撃したと発表した。攻撃を受けた工場は西側の制裁対象になっており、ロシア空軍の主力戦闘機であるスホーイ戦闘機シリーズやイスカンデル、キンジャール極超音ミサイル生産に必要な部品を生産している。
ウクライナ軍参謀本部は5月21日、ウクライナの無人航空機が国境から200キロメートル地点に位置するオリョール州ボルホフ半導体デバイス工場(BZPP)を攻撃した旨を発表した。無人航空機による攻撃及びそれに伴う火災により、電子部品の組み立て並びに製造に用いられていた生産施設は全壊したとされている。当該工場の被害についてはアンドリー・クリチコフ州知事も確認しており、「最新の情報によれば、ボルホフ市における敵対勢力の無人航空機による大規模攻撃の結果、複数の民間住宅とボルホフ半導体デバイス工場の建物が損害を受けました。現在、現場では攻撃の影響を解消するための作業が実施されています。負傷者は確認されていません。」と発表している。ロシア国防省は被害については言及していないが、オリョール州を含む9つの地域においてウクライナの無人航空機159機を撃墜した旨発表している。
ボルホフ半導体工場は、ロシア連邦の軍需産業において極めて重要な役割を果たしており、ウクライナの報道機関によれば、戦闘機、ミサイル、電子戦システム、通信機器等、多岐にわたる軍事装備に必要な半導体部品を供給し、同国の防衛産業基盤の中核を担っている。2,000件を超えるロシア連邦防衛産業複合体からの注文を処理しており、ダイオード、マイクロチップ、オプトエレクトロニクス、パワーエレクトロニクス、サーボドライブ等、約200種類に及ぶ電子部品を生産している。これらの電子部品は、スホーイ戦闘機、イスカンデル及びキンジャール等のミサイル、T-72B3及びT-90M戦車に使用される射撃管制装置、電子戦システム「クラスハ」及び「ジーテル」、戦術通信装置等に用いられている。年間300万個のデバイスを生産し、防衛及び宇宙産業に携わる560社以上の企業に供給している。ロシア連邦の軍需産業において不可欠な存在であり、2024年5月以降、アメリカの制裁リストに指定されている。
ロシアの半導体
ロシア連邦は、半導体製造において国際社会に遅れをとっており、高度な電子部品を海外からの輸入に依存してきた。しかしながら、2014年のクリミア半島の一方的な併合、そして2022年2月のウクライナへの侵攻による西側諸国からの経済制裁を受け、部品調達が困難となった。かかる状況下、ロシア政府主導で半導体分野への投資および国産化を推進し、国内における半導体生産を漸次拡大してきた。もっとも、技術力は依然として十分とは言えず、現状、ロシア国内で量産可能な半導体は90~180ナノメートル(nm)プロセスが主流であり、65nmプロセスは小規模な生産にとどまっている。一般に、半導体の微細化、すなわちトランジスタのゲート長や回路の線幅を縮小することが、性能向上に繋がるとされており、ナノメートル単位で小さいほど望ましい。スマートフォンやデータセンター向けの製品においては、5nmから16nm程度が一般的である。90nm~180nmプロセスでは、人工知能(AI)や高精度誘導等の用途には性能が不足すると考えられる。ロシア政府は、半導体産業強化のため、2030年までに380億ドルの投資を計画しており、2028年までに28nmプロセス、2030年までに14nmプロセスの量産開始を目指すロードマップを策定している。しかしながら、経済制裁の影響もあり、生産に必要な設備の価格は40~50%程度高騰し、半導体生産に必要な高度人材も不足。歩留まり(投入された材料や資源に対して実際に得られた成果の割合)は50%未満とされており、品質管理および製造技術の向上が喫緊の課題となっている。
ボルホフ半導体工場の破壊がロシアの兵器産業に及ぼす影響は、現時点では明確ではない。従業員約700名を擁する同工場は、ロシア国内においては中規模の半導体工場と見做されるものの、その市場占有率等の詳細な情報は公表されていない。しかしながら、ロシアの兵器産業に対して、一定の影響を与えることは確実であると考えられる。現代の兵器製造において、半導体は不可欠な部品であり、ミサイルにおいては誘導システム、GPS補正、飛行制御、目標追尾に、戦車や装甲車においては射撃統制装置(FCS)、赤外線センサー制御、通信装置に、そして戦闘機においてはフライトコンピュータ、レーダー制御、電子戦装置等にそれぞれ利用されている。「空飛ぶコンピューター」と称されるアメリカのF-35ステルス戦闘機には、800個もの半導体が搭載されているとされる。
もっとも、ロシアにおける半導体不足は今に始まった事象ではなく、これまでもゲーム機やPCといった西側の電子製品に用いられている民生用チップを密輸・流用し、兵器に転用してきた経緯がある。