

2025年10月、アメリカの防衛テクノロジー企業Shield AIは、航空戦力の概念を根本から変革する可能性を秘めた完全自律型垂直離着陸(VTOL)戦闘機「X-BAT(エックス・バット)」を正式に発表しました。この革新的な機体は、滑走路を一切必要とせず、人工知能(AI)が自律的に戦闘任務を遂行するという点で、従来の有人戦闘機や無人機とは一線を画します。軍事専門家やアナリストの間では、戦闘機のあり方そのものを再定義する「ゲームチェンジャー」として大きな注目を集めています。
Shield AI Unveils X-BAT, an AI-Piloted VTOL Fighter Jet for Contested Environments
Shield AIの「Hivemind」技術がX-BATの核に
X-BATの根幹を支えるのは、Shield AIが開発したAIによる自律飛行システム「Hivemind」です。この高度なソフトウェアは、GPSや通信が遮断された極限環境下でも、機体が自己判断で飛行経路を決定し、戦闘行動を実行できる能力を持っています。Shield AIはこれまで、F-16戦闘機やMQ-35 V-BAT無人機といった既存の航空機にHivemindを搭載し、AI飛行テストを成功させてきました。特に注目すべきは、F-16がHivemindの制御下で有人機との模擬戦に勝利したという報告であり、AIの戦闘能力の高さが実証されています。X-BATは、このHivemind技術を戦闘機本体に最初から組み込む形で設計された「AIパイロット戦闘機」です。これにより、単なる無人機ではなく、AI自身が「パイロット」として機能し、ミッションの遂行を自律的に判断する能力を持つことになります。
滑走路とパイロット不要
Shield AIはX-BATの発表において、「X-BATは滑走路もパイロットも必要としない、新しい空の戦闘力だ」と強調しました。この発言は、X-BATが目指す運用の柔軟性を端的に示しています。 艦船、離島、さらには臨時の前線拠点など、従来の航空機では展開が困難だった場所からの離着陸が可能であり、これにより、航空戦力の展開範囲と柔軟性が飛躍的に向上します。 従来の大型航空基地に依存しないため、攻撃によって基地機能が麻痺した場合でも、分散配置されたX-BATによって制空権を維持できる可能性が高まります。これは、特に地理的に分散した島嶼防衛において極めて有効な特性です。
F-16級の航続距離と垂直離着陸能力
公表されたX-BATの主要な仕様は、その高性能ぶりを示しています。F-16と同等のジェットエンジンを搭載し、フル装備状態で約2,000海里(約3,700km)を超える航続距離を誇ります。これは長距離侵攻や広範囲での作戦遂行を可能にします。高度15,000m以上の高高度飛行が可能であり、速度も「戦闘機級」、すなわち音速に迫ると推測されています。これにより、敵の防空網を突破し、迅速に目標に到達する能力を持つと見られます。そして、特筆すべきは、複数の推力偏向ノズルと徹底的な軽量化設計によって実現された完全な垂直離着陸能力です。開発者はこれを「F-35BのようなSTOVL(短距離離陸・垂直着陸)をさらに進化させた完全VTOL機」と説明しており、滑走路への依存を完全に排除します。このVTOL能力こそが、X-BATを「分散型空戦システム」の中心に据える鍵となります。1機の有人戦闘機に複数のX-BATを随伴させる「チーミング運用」や、無人機群による協調攻撃(スウォーム戦術)も視野に入れられており、複雑な空戦環境下での多角的な攻撃や情報収集が可能になります。
戦闘機1機分のスペースに3機
Shield AIは、シールドAIによれば、X-BATは格段に小型・軽量で、戦闘機1機分のスペースに3機を収容できるといいます。これはX-BATが一度に大量に展開され、「数の優位」を作り出すことを企図していることを示唆します。これにより、敵の防空網を飽和させたり、複数の脅威に同時に対応したりする戦術が可能になります。 さらに同社は、X-BATを「使い捨て」と位置づけており、機体の価格と維持コストを大幅に抑えることを目指しています。これは、危険地域への突入や電子戦環境下での自律任務など、有人機ではリスクが高すぎる最前線任務をAI戦闘機が肩代わりするという発想に基づいています。これにより、人的損害のリスクを低減しつつ、攻撃能力を維持・強化できると期待されています。
AIが判断する戦闘に倫理と安全の壁
しかし、「AIが戦闘任務を行う」というX-BATの仕組みは、技術的・倫理的な深刻な懸念をはらんでいます。
- 自律致死兵器システム(LAWS)の議論: 国際社会では、人間が介在しない攻撃決定を行う「自律致死兵器システム(LAWS)」を巡る議論が活発に進められており、その是非が厳しく問われています。
- 「人間の最終判断」の曖昧さ: Shield AIは「X-BATは完全自律で行動できるが、任務パラメータの設定と最終判断は人間が行う」と説明していますが、実際の戦場でどこまで人間の監督が及ぶのかは不透明です。高速で変化する戦闘状況下で、AIの判断に人間がリアルタイムで介入し、停止させることは極めて困難になる可能性があります。
- 責任問題と誤認のリスク: 専門家の間では、「AIが敵味方を誤認した場合の責任は誰が負うのか」という法的・倫理的な問題が指摘されています。また、AIが予測不能な行動をとった場合の制御不能リスクも懸念されます。
- 技術的な課題: AI制御には膨大な演算資源が必要であり、電子戦やサイバー攻撃による妨害を受けた場合の安全性も大きな課題です。特に通信が遮断された状態での完全自律行動は、制御不能リスクと紙一重であり、信頼性の確保が喫緊の課題となります。
Shield AIによれば、X-BATの開発期間は18か月を予定しており、初飛行は2026年秋、実運用テストは2027~2028年頃になる見通しです。防衛産業界では、米空軍が推進する「協調戦闘航空機(CCA)」プログラムの一翼を担う可能性も指摘されており、将来の航空戦力の中核を担うことが期待されています。
他方、量産・整備・兵站体制の確立には課題が残る。戦闘機クラスの高性能エンジンをVTOL化する技術は複雑で、整備負担も小さくない。コスト面で「安価な使い捨て戦闘機」を実現できるかは、依然として未知数です。
島嶼防衛・海上展開に最適な機体
滑走路を必要としないというX-BATの特性は、アジア太平洋地域、とりわけ島嶼が点在する日本や台湾、フィリピンなどでの防衛構想に直結します。前線の小規模拠点や艦船上から発進できるため、従来の航空基地が攻撃された場合でも空の防衛網を維持できる可能性があります。防衛アナリストの間では「インド太平洋の分散型抑止戦略において、X-BATのような自律戦闘機は極めて有効なツールになりうる」との声も出ています。
X-BATは、航空戦力のあり方を根本から問い直し、将来の戦闘様相を大きく変える可能性を秘めた革新的なプラットフォームです。しかし、その倫理的・技術的な課題を克服し、実用的な運用体制を確立できるかが、今後の大きな焦点となるでしょう。
