

トランプ大統領が10月28日、横須賀基地に寄港中の原子力空母「USS ジョージ・ワシントン」艦上での演説において、米海軍の将来の空母建造計画に対し、極めて異例かつ重大な方針転換を求める大統領令に署名する意向を表明したことは、国内外で大きな波紋を呼んでいます。この中でトランプ氏は、米海軍が最新鋭のジェラルド・R・フォード級空母に採用してきた電磁式カタパルト(EMALS)と電磁駆動式エレベーターを名指しで批判し、「高価で壊れやすく、水がかかると動かない」と酷評しました。その上で、半世紀以上にわたって運用されてきた従来の蒸気式カタパルトと油圧式エレベーターの方が「はるかに信頼できる」として、今後の空母にはこれらの旧来技術の継続運用を命じる考えを示したのです。
Trump says he’ll sign order to direct Navy to use steam for aircraft carrier catapults
.@POTUS: I'm thrilled to be here among thousands of proud American patriots, aboard this 100,000-ton forward-deployed symbol of American might, power, and prestige, the legendary USS George Washington — the GREAT "G.W."! pic.twitter.com/89SSYRAL0u
— Rapid Response 47 (@RapidResponse47) October 28, 2025
この発言は単なる個人的な意見表明にとどまらず、政策としての明確な方向性を示すものです。トランプ氏は演説において、50年以上にわたる蒸気式カタパルトの確かな実績を強調し、電磁式カタパルトに対しては「これ以上の無駄遣いはやめる。蒸気と油圧に戻すよう命じる」と断言。近いうちに正式な大統領令を発出する意向を改めて表明しました。トランプ氏が2017年から2021年の大統領在任中から、新技術、特に高額な兵器システムへの懐疑的な姿勢を繰り返し示してきたことは周知の事実です。特に、フォード級空母に搭載されたEMALSが開発段階から技術的トラブルを頻発させていた時期には、「高価で使いにくい」と強く批判しており、今回の発言は、その持論を再び国防政策の根幹に関わるレベルで明確化したものと言えます。
電磁式カタパルト「EMALS」とは
EMALSは、航空機発射システムにおいてまさに「次世代」を象徴する技術です。ゼネラル・アトミクス社が開発したこのシステムは、従来の蒸気の力で航空機を射出するカタパルトとは根本的に異なり、リニアモーターの強力な磁力を用いて航空機を発進させます。この方式には、機体への負担を緩和し、軽量な無人機から重量級の最新鋭戦闘機まで、幅広い種類の航空機に柔軟に対応できるという大きな利点があります。この画期的な技術は、現在建造が進められているジェラルド・R・フォード級原子力空母の標準装備として採用されており、一番艦である「ジェラルド・R・フォード(CVN-78)」では既に実運用が開始されています。米海軍はEMALSを、将来の航空作戦を支える中核技術と位置づけ、長期的には運用コストの削減と、より高い発射効率を実現するものと期待を寄せています。同級空母は合計10隻の建造が予定されており、既に二番艦「ジョン・F・ケネディ(CVN-79)」と三番艦「エンタープライズ」の建造が着手されています。
過去には不具合多発
しかし、EMALSがその開発段階から度重なる技術的な不具合に悩まされてきたこともまた事実です。国防総省の公式報告書や米会計検査院(GAO)の指摘によれば、2010年代後半に行われた初期の試験では、EMALSは海軍が求める信頼性基準を達成できておらず、運用開始後も度々整備や調整が必要な状況が続いていました。さらに、EMALSと同時に導入された電磁駆動式兵器エレベーターも初期段階で同様に不具合が頻発し、兵器の迅速な移動に支障をきたすなど、その稼働率の低さが大きな問題として取り沙汰されていました。
トランプ氏は、こうした公式報告をその主張の根拠とし、「最新技術への過度な依存が、むしろ現場の負担を増やしている」と厳しく指摘しました。そして、従来の蒸気・油圧方式が持つ修理の容易さと堅牢な信頼性を強調。「兵士が複雑な最新機械に翻弄されるべきではない」と述べ、単一の兵器システムに対する批判を超え、国防政策全体における技術選択のあり方にまで、その懐疑的な姿勢を広げる意図を明確にしました。
現在は改善
一方で、EMALSの信頼性はその後の継続的な改良によって着実に向上していることも見逃せません。米海軍の最新の報告によれば、2024年時点において「ジェラルド・R・フォード」は1万回を超える航空機の発艦・着艦を成功させており、EMALSの平均故障間隔(MCBF)も当初目標を上回る水準に達したとされています。海軍側は「初期の問題は解決しつつあり、長期的には運用コストの削減と航空作戦における柔軟性の向上が見込める」と説明しています。また、蒸気式カタパルトも、1960年代の運用開始当初には故障が頻発し、長年の改良を経てようやく安定した運用が可能になったという歴史的経緯があることも指摘されています。
さらに、現代および将来の艦載無人機(UAV)や次世代戦闘機は、EMALSのような精密な制御能力を前提に開発が進められています。蒸気式カタパルトでは、これらの高度な航空機の要求する発艦特性に適切に対応することが技術的に困難であるという現実があります。国際的な視点で見ても、中国は既に電磁式カタパルトの研究開発を積極的に進め、搭載空母「福建」の就役が目前に迫っています。また、フランスも次期原子力空母PANGに電磁式カタパルトの搭載を決定しており、世界的な潮流は電磁式への移行にあります。このような状況下で、米国が単独で旧来技術に「逆戻り」することは、長年培ってきた技術的優位性を喪失し、戦略的競争において不利な立場に置かれかねないという強い懸念が示されています。
電磁式カタパルトの中止による影響
仮にトランプ氏が大統領令を発出し、蒸気式への回帰を命じたとしても、その実行は極めて困難であると専門家は指摘しています。ジェラルド・R・フォード級空母は、EMALSと電磁エレベーターの搭載を前提として、艦体構造や原子炉の出力分配に至るまで、全てが設計されています。これを蒸気式カタパルトに戻すには、艦体構造の根本的な再設計や、それに伴う複雑な原子炉出力分配システムの変更が必要となり、米海軍関係者は「数十億ドル規模の追加費用と、数年間の建造遅延が避けられない」と警鐘を鳴らしています。しかも、このような大規模な設計変更と予算措置には、連邦議会の承認が不可欠となります。さらに深刻な問題として、蒸気式カタパルトを製造・維持するための産業基盤は、既に大幅に縮小しており、これを再構築するには相当な時間と費用を要します。軍需産業界全体を見ても、技術的な「後戻り」は非現実的であるという見方が支配的です。
こうした複合的な事情から、多くの国防専門家やアナリストは、今回のトランプ氏の発言を、その政治的意図が強く反映された「政治パフォーマンス」として捉えています。2024年の大統領選での再選を目指すトランプ氏が、国内産業の保護と軍需調達の効率化を掲げ、「高価な最新技術を切り捨てる」という姿勢をアピールすることで、特に軍事費の増加に敏感な保守層や退役軍人層といった自身の支持基盤に対し、強いメッセージを送る狙いがあると考えられています。
しかし、たとえ政治的パフォーマンスの側面が強かったとしても、実際に大統領令が発出されれば、その影響は甚大です。国防総省と米海軍は、新造艦への技術採用方針を根本的に再検討せざるを得なくなり、現在進行中のフォード級空母の建造計画はもちろん、将来の次世代軽空母構想など、長期的な海軍力整備計画全体に予測不可能な、しかし確実に一定の影響を及ぼす可能性を秘めています。
