

アメリカとロシアは、地中海と中東における戦略的な要衝であるシリアを巡り、激しい駆け引きを繰り広げています。アサド前政権時代からシリアに複数の軍事基地を置いていたロシアは、地中海における軍事的プレゼンスを維持するため、新政権との間で軍駐留継続の交渉を進めています。一方で、ここにきてアメリカがシリアの首都ダマスカスへの軍駐留を計画しているとの報道がなされており、事態はさらに複雑さを増しています。
アメリカのシリア駐留計画の背景
ロイター通信の報道によれば、アメリカはシリアとイスラエルの間でワシントンが仲介している安全保障協定の実現を支援するため、ダマスカスの空軍基地に軍事プレゼンスを確立する準備を進めているとされています。
US military to establish presence at Damascus airbase, sources say
2024年12月のアサド政権崩壊後、イスラエルは混乱に乗じて国境地帯に進軍し、長年領有権を争っていたゴラン高原を占領しました。さらに、シリアの非武装化を目的として軍事拠点への空爆を実施し、その後もイスラエル寄りのドルーズ派保護を名目に度々攻撃を繰り返していました。今年7月にはアメリカの仲介によって停戦が成立し、米軍の駐留はこの停戦監視を主な目的としています。シリアの新大統領であるアハメド・アル・シャラーは来週、ホワイトハウスでトランプ大統領と会談する予定であり、この駐留計画が主要な議題となると見られています。アメリカは今年6月にはシリアに対する長年の制裁を解除し、国連安全保障理事会に対し、アル・シャラー大統領に対する独自の措置の撤回を要請するなど、新政権との関係構築に積極的に取り組んでいます。
シリア側としても、イスラエルに対抗できる十分な軍事力を持たない中で、アメリカの同盟国であるイスラエルに対し、米軍の駐留は大きな抑止力となると期待しています。アメリカはISIS掃討を目的としてシリア内戦中にシリア北東部に米軍を違法に駐留させていましたが、今年6月には駐留していた2000人の米軍を削減し、いくつかの基地を閉鎖したと発表していました。しかし、ISISや他の武装勢力の脅威が完全に払拭されたわけではなく、依然として不安定な情勢が続いています。
ロシアのシリアにおける軍事的影響力維持への動き
表向きはイスラエルとシリアの停戦監視が目的とされていますが、その裏にはシリアへの影響力を維持したいロシアに対する牽制という側面も見られます。アサド政権時代、ロシアとシリアは同盟関係にあり、地中海沿岸のフメイミム空軍基地やタルトゥース海軍基地を含むシリア国内に長年にわたりロシア軍の部隊・施設が駐留していました。
2014年のシリア内戦では、ロシアはアサド政権に協力する形で軍事介入し、反体制派に爆撃を実施しました。当初劣勢だったシリア軍はロシアの支援によって、その後多くの地域を奪還しました。しかし、アサド政権の崩壊に伴い、ロシア軍は一時撤退を余儀なくされ、シリアへの影響力を失いました。それでも、フメイミム空軍基地とタルトゥース海軍基地は、ロシアにとって中東・地中海方面における数少ない軍事拠点であり、これらを手放すことはロシアの地域影響力低下を意味します。そのため、ロシアはこれらの拠点を維持すべく、新政権との間で軍駐留と施設の維持継続のための交渉を開始しました。今年10月にはアハメド・アル・シャラー大統領がモスクワを訪問し、プーチン大統領と会談。ロシアは駐留の見返りにエネルギー部門の復興と人道支援を申し出たとされています。会談からわずか2週間後には、ロシアはフメイミへの軍用飛行を再開し、再びシリアにおける軍事活動を活発化させています。
ロシアはアサド政権に協力し、シリア国民に空爆を行った歴史があり、今もアサド前大統領を匿っているという批判もあります。しかし、シリア側もロシアの提案を受け入れざるを得ない状況にあります。アサド政権は倒れたものの、新政権が掌握しているのは国土の約7割に過ぎません。北部はクルド人が制圧し、東部ではISISの脅威が依然として残っています。さらに、南部にはイスラエルの支援を受けるドルーズ派、北西部にはアサド政権時の支配層であるアラウィ派がおり、国内には複数の火種がくすぶり続けています。ロシア軍の駐留は、イスラエルに対する抑止力として機能し、新政権が国内問題に集中できる環境を整えるという側面もあります。また、アサド政権時からロシアは国内のエネルギーインフラを手掛けており、電力供給の安定化を図る上でもロシアの協力は不可欠です。会談後、石油施設への支援が再開しています。
米露間の新たな緊張
しかし、この後のタイミングでアメリカが軍の駐留を申し出たことは、事態をさらに複雑化させる懸念があります。米露両軍はシリア内戦時から、武力衝突には至らないものの、度々小競り合いを起こしていました。さらに現在はウクライナを巡り、両国関係は極度に悪化しています。
今回、アメリカはダマスカス空軍基地への駐留を計画しているとされ、両軍の機体が空中で相まみえる可能性も出てきています。トランプ大統領もロシア軍の駐留継続を好ましく思っていないとされており、アル・シャラー大統領との会談ではこの点が指摘される可能性が高いと見られています。今後、シリアを巡る米露間の駆け引きはさらに激化することが予想され、ことによっては中東地域の安定に深刻な影響を与える可能性があります。国際社会は、この新たな緊張状態になりゆる事態の行方を注視しています。
