

2025年10月30日、ドナルド・トランプ大統領が「核実験の再開を指示した」と公に発言したことは、国際社会に大きな衝撃と動揺をもたらしました。米国が最後に実爆発を伴う核実験を実施したのは1992年9月23日の地下実験「Divider」であり、それ以来、30年以上にわたる実爆発を伴う核実験の長期モラトリアムが事実上継続していました。今回のトランプ大統領の発表は、この長きにわたる米国の実験停止政策からの明確な転換点となる可能性を秘めており、核抑止力と核不拡散の双方に深刻な波紋を投げかけています。
トランプ大統領の発言の経緯と背景
President Donald Trump says he wants the U.S. to start testing its nuclear weapons. https://t.co/kxNksjVSyt pic.twitter.com/CBcdS8EG98
— 60 Minutes (@60Minutes) November 3, 2025
トランプ大統領は10月30日、韓国での中国の習近平国家主席との会談を控える直前、自身のソーシャルメディア上で国防総省に対し核実験再開を指示したと表明しました。この発表は、米中首脳会談という重要な外交イベントの直前に行われたことから、その戦略的な意図について様々な憶測を呼びました。会談が終了した翌31日、帰路に就く大統領専用機内で記者団から核爆発実験実施の有無について質問された際、トランプ大統領は「すぐに分かるだろう。いくつかの実験を行うつもりだ。他国がやっているなら、われわれもやる」と明言しました。この発言は、ロシアや中国といった既存の核保有国に対抗する意図があることを示唆しており、国際的な核軍拡競争への懸念をさらに高めるものとなりました。
核実験停止の現状と各国の状況
The video footage of the Operation Julin: Divider test—the last U.S. nuclear explosive detonation on September 23, 1992—is visually distinct from older atmospheric tests, as it was a fully contained underground event. pic.twitter.com/ZuSTPOULFM
— Radio & Nukes 🇺🇦 (@HamWa07) October 30, 2025
米国が最後に核爆発実験を行ったのは、ネバダ核実験場で実施された1992年9月23日であり、その後30年以上にわたり爆発を伴う核実験は行われていません。他の主要な核保有国の状況も様々です。中国は1996年7月29日、新疆ウイグル自治区のロプノール(Lop Nur)試験場での地下核実験を最後に、暫定的な核爆発試験の停止を公表しており、それ以降、公式に確認された実爆発を伴う核実験はありません。ロシア(旧ソ連時代を含む)は1990年までに数度の核実験を繰り返しましたが、ソ連崩壊以降、ロシア政府は公式に核爆発実験を宣言しておらず、公表された実爆発テストは1990年頃が最後とされています。北朝鮮については、2017年9月3日の地下核実験が最後に確認されています。パキスタンは、インドが1998年5月に行った核実験に対抗する形で同月、カラール砂漠(Kharan)で核実験を実施し、両国にとってそれが最後の核実験となっています。
核実験再開の論点と目的
しかし、トランプ大統領は11月2日、敵対的とされるロシア、中国、北朝鮮、パキスタンなどの国々が秘密裏に地下核実験を行っていると主張し、米国もこれに続く方針を示唆しました。核実験を実施する主な狙いとしては、「我が国は核兵器を使用する能力と意志がある」という明確なメッセージを発信し、潜在的な敵国を牽制する抑止効果が挙げられます。
これに加え、政府関係者や専門家は他に二つの重要な論点を指摘しています。第一に、保有核兵器の信頼性と安全性の確認です。長年にわたる核兵器の保管、構成部品の劣化、そして核物質の経年変化は、実証的な検証を求める声を生みやすい状況にあります。過去に製造された核兵器が、現在も設計通りの性能と安全性を維持しているかを確かめるためには、実際に爆発を伴う実験が必要であるという主張です。第二に、新型弾頭や設計改良の要求です。新たな核弾頭の設計変更や新型兵器の正当性および性能を確かめるためには、仮に実爆発を必要とする状況も想定されるという指摘があります。これは、核兵器技術の継続的な進化と現代の安全保障環境への適応という側面を反映しています。しかし、これらの主張は国際社会や専門家の間で支持と批判に分かれており、意見は大きく割れています。核不拡散体制の維持を重視する立場からは、核実験再開は極めて危険な行為であると強く非難されています。
核実験再開への「現実的ハードル」
一方で、核実験の再開には多くの「現実的ハードル」が存在します。米国内の試験施設は1990年代以降、物理的な実験設備よりも、コンピューター・シミュレーションやサブクリティカル実験(実爆発を伴わない研究)に重点を移してきました。そのため、全面的な再稼働には、施設の再整備、専門人材の再結集、莫大な予算の確保、そして複雑な法的・政治的手続きが必要となると報じられています。多くの専門家は、「即時の再開は極めて困難であり、実際に核爆発を伴う実験を実施するには数年と巨額の費用がかかる」と見ています。これは、単なる政治的意志表明だけでは実現が難しい、技術的・経済的・制度的な制約の存在を示しています。
包括的核実験禁止条約(CTBT)
「核実験」と一口に言っても、その種類は複数あります。現在、主に実施されている「サブクリティカル試験」は、実際の核爆発(臨界・破裂)を伴わない形で、核兵器の材料や部品の挙動を詳細に調べる実験であり、主にコンピューター・シミュレーションの検証に用いられます。これらの実験は研究用途が主であり、具体的な実施手順や作成法といった危険な詳細は提供されません。これに対し、爆発を伴う核実験には、大気中試験、水中試験、宇宙空間での試験があり、特に冷戦末期以降は放射性物質の大気放出を避けるために地下核実験が主流となりました。現代でも地下方式が最も一般的ですが、それでも放射性物質が外部に流出するリスクはゼロではありません。
1996年に採択された包括的核実験禁止条約(CTBT)は、あらゆる核爆発を禁止しています。それ以降、表向きには多くの核保有国は核爆発実験を行っていませんが、必要な国の全批准が完了していないため、この条約はまだ発効していません。米国はCTBTに署名したものの、批准はしておらず、これまで事実上の自粛を守ってきたという経緯があります。
国際社会への影響と懸念
米国による核実験の再開は、世界の緊張を大幅に高める可能性が極めて高いと認識されています。米国の同盟国、唯一の戦争被爆国である日本、そして非核保有国などから、強い懸念や抗議の声が上がることが予想されます。加えて、核実験再開の表明は、軍事的な示威行為として用いられる側面が強く、ロシアや中国、北朝鮮といった国々も、米国への対抗措置を名目に公式に核実験を再開する懸念があります。もしそうなれば、インドやパキスタンなどもそれに誘発され、新たな核軍拡競争の引き金となるドミノ効果が危惧されます。
このような状況の中、米エネルギー長官のクリス・ライト氏はFOXニュースのインタビューで、核爆発を伴う実験を計画しているとの見方を否定し、「現時点で検討しているのは非臨界実験である」と説明しました。同氏は「核爆発を正常に起こせるよう、核兵器の構造などを検証するものであり、核爆発を伴わない」と強調していますが、トランプ大統領の真意や最終的な方針については依然として不透明な部分が多く、国際社会は今後の動向を注視しています。核実験再開という発言は、世界の安全保障環境に大きな不確実性をもたらし、国際社会の協調と核不拡散への努力がこれまで以上に求められる状況を作り出しています。
【出典(一部)】Politico/Reuters/Washington Post/Nevada National Security Site(NNSS)/CTBTOによる公開資料。
