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ウクライナ、スウェーデン製グリペン戦闘機150機の調達計画に署名

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`@Zelensky(X)

ウクライナ政府は10月22日、スウェーデンの首都ストックホルムで、スウェーデン政府との間で防衛協力拡大に関する意向表明書(LOI)を締結しました。この合意は、スウェーデンの防衛大手サーブ(Saab)社が開発した多用途戦闘機「JAS39グリペン(Gripen)」の大規模導入計画を柱としており、ウクライナ側は最大で150機の購入を視野に入れています。これは、ロシアとの長期的な戦争、そしてその後の国家再建を見据え、旧ソ連製戦闘機から西側標準の戦闘機体系への完全移行を果たすための重要な一歩となります。

最大150機規模の大型契約

今回の意向表明書は、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領とスウェーデンのウルフ・クリステルソン首相が直接署名したもので、両国間の防衛産業協力、戦闘機パイロットの訓練、関連インフラの整備、そして将来的な共同整備体制の構築など、多岐にわたる分野を網羅しています。複数の報道機関が報じるところによると、ウクライナが導入を検討しているのは、グリペンの最新鋭「E/F」バージョンです。初期納入は、早ければ2028年ごろから開始される見込みで、ウクライナ空軍の近代化を大きく加速させるでしょう。

スウェーデン側は、自国空軍の機体更新計画と並行して輸出体制を整える方針を示しており、最終的な全機供給には10〜15年程度の長期プロセスを想定しています。契約金額の具体的な数字はまだ明示されていませんが、グリペンE/Fの1機あたりの現在の価格は8,000万~9,000万ドルとされており、総額は100億ドル規模に達する可能性も指摘されています。これは、ウクライナにとってのみならず、スウェーデンにとっても過去最大級の防衛輸出案件となることが予想されます。

F-16に続く「第2の柱」

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©Saab

ウクライナ空軍はこれまで、旧ソ連製のMiG-29やSu-27などを中心に運用してきました。しかし、これらの機体は老朽化が著しく、長期にわたる戦闘による消耗、部品不足、そして整備体制の崩壊が進んでいました。現在、NATO諸国からの支援によって米国製F-16戦闘機の受け入れが進められていますが、納入は当初の計画よりも遅れが生じています。米国製のF-16は、その装備や運用に関して米政府の意向に左右される側面もあり、ウクライナにとって新たな戦闘機体系の整備は喫緊の課題となっていました。

グリペンの導入は、F-16に続くウクライナ空軍の「第2の柱」となる構想です。スウェーデン製のグリペンは、その優れた運用特性から、ウクライナの地理的・作戦的条件に極めて適した機体と評価されています。短滑走路での離着陸が可能である上に燃費性能が高く、一飛行時間あたりの運用コストはF-16やフランス製のラファールの半分以下とされます。さらに、道路上からも離発着が可能であるため、被弾リスクの高い前線において航空戦力を分散配置しやすく、生存性の向上が期待できます。

技術的な側面では、グリペンはNATO標準の通信システム(Link16)や高度な電子戦能力を標準で備えています。特に最新型のE/F型は、米レイセオン製のAESA(アクティブ電子走査アレイ)レーダーを搭載し、大幅に探知能力と追跡能力が向上しています。さらに、射程200kmを超える欧州製のMeteor空対空ミサイルにも対応しており、ロシア空軍の長距離迎撃機に対抗できる高い性能を持つとされています。これにより、ウクライナ空軍はより広範囲な空域での制空権確保を目指すことが可能になります。

スウェーデンが狙う防衛産業の強化と国際的役割

このグリペン供給契約は、スウェーデンにとっても経済的、戦略的に極めて大きな意味を持ちます。長年にわたり中立政策を維持してきたスウェーデンは、ロシアによるウクライナ侵攻以降、NATO加盟を正式に申請し、西側防衛産業ネットワークへの統合を急速に進めています。

グリペンは既にチェコ、ハンガリー、南アフリカ、タイなどで運用され、近年は南米市場でもシェアを拡大していますが、これまでの顧客の多くは中堅国であり、今回のような大規模な輸出実績は限られていました。今回のウクライナへのグリペン輸出が実現すれば、Saab社にとって過去最大の輸出案件となり、欧州防衛産業の中でもその存在感を大きく高めることは間違いありません。スウェーデン政府も、「戦後のウクライナ空軍再建における中心的パートナーとして、長期的な協力を進める」と明言しており、安全保障分野における国際的な役割を強化する姿勢を示しています。

運用までの課題

しかしながら、グリペンの実際の導入には数多くの課題が残されています。まず最も重要なのが資金調達です。100機以上の戦闘機購入は、ウクライナ単独で賄える規模ではなく、欧州連合(EU)や米国、日本などの国際的な支援枠組みが不可欠とみられています。これらの国々からの継続的な財政支援がなければ、この大規模な計画の実現は困難でしょう。

次に訓練体制の確立です。グリペンの運用には、全く新しい訓練課程と高度な整備技術者の養成が必要となります。スウェーデン空軍の全面的な協力のもと、来年にもウクライナ人パイロットの試験訓練が始まる予定ですが、多くのパイロットと整備士を育成するには相応の時間とリソースが必要となります。

さらに、整備・補給インフラの構築も大きな課題です。ウクライナ国内の多くの航空基地はロシア軍の攻撃対象となっており、安全な運用環境の確保が困難です。グリペンの特徴である「道路運用能力」を最大限に活かすとしても、整備体制、安定した燃料供給の整備には、多大な時間と費用を要します。

加えて、ウクライナは既にF-16、フランスからもミラージュ2000が供与されており、複数の戦闘機を同時に運用することは、整備体系の複雑化や部品供給の分散を招き、運用上の非効率性を生み出す懸念があります。スウェーデン政府内からも「まずはF-16の受け入れ体制を安定させるべき」との慎重論が出ていることは、この課題の深刻さを示唆しています。実際、スウェーデン政府は以前から前モデルのグリペンC/Dのウクライナへの供与を表明していましたが、F-16の大規模供与が決定したことを受けて、供与を控えた過去があります。

それでもなお、今回のスウェーデンとの合意は、ウクライナにとって「戦争後を見据えた再建計画」の象徴といえるでしょう。ゼレンスキー大統領は署名式で、「我々は勝利だけでなく、平和の後に続く新たな空軍を築く」と述べ、戦時中でありながらも、国家防衛の持続的な基盤づくりに強い意欲を示しました。

グリペンは、機体単価の割に高い性能を持ち、小規模国家の防空力強化に適した「次世代の軽戦闘機」として国際的に高く評価されてきました。その経済性、汎用性、そして分散運用能力といった特性は、現在、さまざまな制約下にあるウクライナにとって、現実的な選択肢となっています。欧州の安全保障環境が大きく変化する中、今回のスウェーデンとの合意は、単なる兵器取引を超えた「戦後の欧州防衛再編」の一端を象徴するものです。ウクライナ空軍の未来を左右するこの大規模な計画が、実際にどの段階まで実現するのか。その進捗は、世界の安全保障専門家や国際社会から大きな注目を集めています。

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