

中東に位置するアメリカの同盟国であるサウジアラビアは、以前よりF-35ステルス戦闘機に関心を抱いており、ドナルド・トランプ大統領の公式訪問を契機に、同戦闘機の売却が進展するとの見方が強かったが、進展があったという情報はない。サウジアラビアに対してF-35を売却するには、複数の障壁が存在するためである。
米国大統領ドナルド・トランプ氏は今月13日より4日間にわたり、サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦(UAE)の湾岸諸国3カ国を公式訪問した。最初の訪問先は、中東地域における最重要同盟国たるサウジアラビアであった。ムハンマド・ビン・サルマン皇太子との首脳会談後、トランプ大統領はサウジアラビアに対する総額約1420億ドルに及ぶ武器売却パッケージを発表した。ホワイトハウスの公式声明によれば、これは「合衆国史上最大規模の防衛協力協定」とされている。米国がサウジアラビアに供与する兵器の詳細については公表されていないものの、F-16戦闘機の最新型、C-130ハーキュリーズ輸送機、無人機、その他ミサイル及びレーダーが含まれると推測されている。協議においては、サウジアラビアが長年にわたり購入を希望している最新鋭戦闘機F-35ライトニングIIの売却も議題に上ったとロイター通信が報じているが、購入許可の可否は依然として不透明であり、具体的な進展は見られなかった。多数の防衛アナリストも、今回の史上最大規模の軍事パッケージにはF-35戦闘機の販売は含まれていないと分析している。そもそも、現行の米国法においては、中東に位置するサウジアラビアへの最新鋭戦闘機の売却は認められていない。
イスラエルの「質的軍事優位(QME)」の維持
米国は、「質的軍事優位(QME: Qualitative Military Edge)」と称される法律に基づき、イスラエルが中東地域において軍事的な優位性を保持することを義務付けられている。合衆国連邦法(U.S. Arms Export Control Act)では、QMEを以下のように定義している。
The ability to counter and defeat any credible conventional military threat from any individual state or possible coalition of states or from non-state actors, while sustaining minimal damages and casualties.”
「イスラエルが、いかなる敵対的国家や連合、または非国家主体による現実的な通常戦力による脅威に対しても、最小限の被害と損害で対抗・打ち勝つことができる能力」
アメリカ国防総省は、対中東諸国への武器輸出に関して、QMEを維持しているかを確認する義務があると明確化している。サウジアラビアはイスラエルと国交を有しておらず、アラブ諸国の指導的立場からパレスチナを支持し、長年にわたりイスラエルと対立している。したがって、サウジアラビアはQMEにおいて言及されるイスラエルの敵対国家に該当すると考えられる。現在、イスラエルは中東地域で唯一F-35戦闘機を運用しており、これにより周辺諸国に対する戦略的優位性を確保している。サウジアラビアへのF-35の供与は、この優位性を損なう可能性があるため、売却は認められていない。今回、トランプ大統領が併せて訪問したアラブ首長国連邦(UAE)もF-35の購入を希望しているが、イスラエルとは2020年に国交を樹立したものの、QMEに鑑み、売却は許可されていない。サウジアラビアは、日本、英国、イタリアが共同で推進する第6世代戦闘機開発計画「グローバル戦闘航空プログラム(GCAP)」への参画を希望している。しかしながら、米国と同様に、英国がイスラエルの軍事的優位性を考慮しているため、その参画は承認されない可能性が高いと考えられる。
周辺諸国の軍拡の懸念
仮にサウジアラビアにF-35の売却を承認すると、UAE、カタール、バーレーン、エジプトと中東の他の友好国も購入を求めると考えられており、サウジアラビアを許可するなら、他も認めざるを得なくなる。そうなると、イスラエルの軍事的優位性が大きく下がることなり、イスラエルの反発を招くことになる。そして、アルジェリアやパキスタン、イランはロシア、中国、トルコ製の第5世代ステルス戦闘機を購入するだろう。エジプトはアメリカがF-35を売らなければ、中国製を購入する可能性もある。
中国への情報流出の懸念
近年、サウジアラビアは中国との経済・軍事協力関係を強化しており、特に通信インフラや無人航空機(ドローン)技術における連携が顕著である。アメリカは、F-35戦闘機の高度な技術が中国に流出する潜在的リスクを懸念し、これが同国への販売を抑制する一因となっている。ただし、これはアメリカによる近年の武器輸出制限に対するサウジアラビア側の不満の表れであるとも解釈される。サウジアラビアは、ジャーナリストであるジャマル・カショギ氏の殺害事件やイエメン内戦における軍事行動に関して、国際社会から人権問題に関する批判を受けている。アメリカ国内では、これらの問題を理由として、サウジアラビアへの先進兵器の販売に対して慎重な意見が多く、結果として武器調達が円滑に進まない状況も発生していた。
しかしながら、ドナルド・トランプ政権下において、アメリカ合衆国の寛容な輸出政策が推進されている。首脳会談直後、アメリカの大手防衛請負業者であるジェネラル・アトミックス・エアロノーティカル・システムズ(GA-ASI)は、サウジアラビアに対して最大200機のMQ-9無人航空システムを販売する交渉が進行中であると発表した。これは、中国製のCH-4、GJ-2無人航空機にとって代わるものと見られている。ただし、MQ-9は最新鋭の兵器とは言い難く、イエメンでは20機近いMQ-9がフーシ派によって撃墜されている事実がある。
トランプ政権下において、中東地域への武器輸出は今後促進される可能性があるが、イスラエルに特別な配慮を示すトランプ氏がF-35戦闘機の購入をサウジアラビアに許可する可能性は低いと考えられる。仮に許可するとすれば、同氏が自ら名付けた第6世代戦闘機F-47がイスラエルに配備された時であるかもしれない。